2014年エレクラ体験記 MD Anderson Cancer Center

                               M3 Male

 

0.はじめに

 私は2014113日から31日までの3週間、テキサスのヒューストンにあるMD Anderson Cancer Center(以下、MDA)のDepartment of Breast Medical Oncologyで実習しました。MDAは言わずもがな世界屈指のがん医療専門施設であり、ここ10年くらいはアメリカのがん医療専門施設の中でナンバー1の地位を守り続けている施設です。日本でいえば国立がん研究センターやがん研有明病院といった施設に対応しますが、その規模は日本の施設とは比べ物にならないほどhigh volumeなものです。高度な医療を求めて、アメリカ全土時には海外からもがん患者が集まるため、その症例集積度を生かした臨床試験が盛んであり、質の高いがん治療のガイドラインを発信する施設となっています。

 ヒューストンにはテキサスメディカルセンターと呼ばれる医療地帯があります。日本でいう筑波や多摩に相当するものです。その一帯にはMDAをはじめとしたさまざまな病院、研究所、大学が乱立しており、その規模は今もなお拡大しています。MDAはテキサス州立大学と旧MDAが合併したものであり(東大と国がんが合併したようなもの)、テキサスメディカルセンターをけん引する施設となっています。

 

 

 

MDAの一部(スカイウォークで各棟がつながっている)

 

1.準備

 きっかけは前年度の5月に虎の門病院へ見学にいったときにお世話になった先生に紹介していただいたのが縁でした。Oncology、日本語でいえば腫瘍内科ということになるのだと思いますが、日本では最近こそ各大学・病院で「腫瘍内科」が新設されるようになったものの、まだまだ日本では認知度の低い分野です。腫瘍内科の専門分野はがん薬物療法とがん患者に対する全人的な医療にあります。今後日本のがん治療はどのように発展していくべきなのか、その方向性を考えるきっかけとして本場アメリカのOncologyに触れてみたいと思い、見学することを志しました。

 虎の門病院の先生にご紹介いただいたのは、Department of Breast Medical Oncology(以下、BMO)でprofessorをされている上野直人先生です。上野先生は日本でのOncologyの発展とその担い手の育成のために、さまざまなご尽力をされています。JTOPJapanese Team Oncology Program)もその一つであり、このプログラムを通じてここ毎年6名の日本の医師・看護師・薬剤師が5週間MDAの見学を行っています。私はこのプログラムを通してというわけではないのですが、上野先生に直接連絡をさせていただき見学したい旨を話したところ、快く承諾してくださいました。

 情報収集と書類提出はとても厄介なものではありました。通常ならば過去にいった先輩に話を聞くだとか、提携校の場合メール4,5通のやり取りで済んでしまうこともありますが、学生でMDAへ見学にいった方は誰も知りませんでした(そもそもJTOPもキャリアを数年積んだ方のプログラムです)。虎の門先生にづてに現地の先生を紹介していただいたり、ネットに掲載されている数少ない学生の体験記を参考にしたり、MDAの先生が日本に講演に来ると分かれば新幹線に乗って駆けつけたりしました。ただいずれも年の離れた方ばかりで、手続き上のバカな質問はすることができず、おまけに言語の壁もあり、手続きに苦心することも多々ありました。とはいえどのお知り合いの方も、BMOの上野先生・事務の方も質問すればきちんと答えていただいたため、なんとか無事に手続きを進めることができました。

 MDAはその知名度のため全国から見学の応募が集まるそうで、その中からselectionをかけても年間7000人を受け入れているそうです。現地の台湾のcordinatorの方にお話を聞いたところ、中国・台湾からは毎年十数人の医学生が見学に来ている一方、日本の学生は見たとこがないといわれました。そのことからも日本のがん医療は遅れているのかな、などと感じました。手続きはDISCOVERといわれるオンライン上のシステムで行うことになります。基本的にはinstructionに沿って進めていけばよいのですが、一つの書類を提出するために別のオンラインシステムに78個の書類を提出して、、、のようなこともあり大変ではありました。何せ全国7000人ものobserverを処理するわけですから事務も大変で、時間には余裕をもって手続きを進めたほうがいいと思います。3週間の滞在のためVISAは不要で、保険は市販の旅行保険に加入しました。テキサスは広いので車は必須です。国際免許証の取得はしておいたほうがいいと思います。

 MDAは特に寮はないため、自分で見つける必要があります。ホームステイも検討しましたが少し気疲れするかな(笑)と思い、近くのホテルに延泊しました。メディカルセンターだけあってホテルは充実しており、ヒルトンやマリオットもありましたが高かったので、MDAから徒歩10分のExtended Stay Americaというところに滞在しました。それでも110$/日しましたが。

 

2.実習

(1)Outpatient clinic @BMO

BMOの構成は、MDでは主任教授、Professor数名(10名弱)、Assistant professor数名、助教数名、ポスドク・大学院生、Fellowとなっています。その中で教授を中心に幾つかのグループに分かれており、FellowNurse practitionerPhysicians assistantClinical pharmacistなど45名で構成されていました。教授がトップ、医師が中心で看護師や薬剤師は後方支援といった日本のシステムとの違いに、初めはとても驚きました。日本に比べて総じて垣根が低く議論が活発な印象でした。ProfessorFellowが治療方針について同僚のように議論したり、Professor同士で専門外の分野について補いあったり、Nurseが診療に積極的に関わったりと、笑顔と議論の絶えない職場だと思いました。

 日本の病院では通常医師が待っている部屋に患者が入っていくという体制ですが、MDAでは患者が待っている部屋に医師が出向かうという形でした。椅子に座って待っている患者さんもいれば、診察台の上で足を組んで待っている患者さんもいます。そのメリットは、乳がんの診察のための脱衣の時間が省けることもさることながら、患者さんのいるスペースに医師がお邪魔することで患者さんが恐縮してしまうといったことが少なくなるのかなと思いました。その診察に私も同行させていただきましたが、私自身も日本の外来見学で感じるような緊迫感はなく、リラックスした雰囲気で見学していました。基本的にはどの患者さんも医学生を快く受け入れてくれます。医学の勉強頑張ってねー、とか将来ここでレジデントやるの?、とか日本に親戚がいて・・・のような話をしてくれる方もいました。

Outpatient clinicでの診察はとても感動しました。3週間の実習の間56のグループの診察を見学しましたが、当然グループや教授によってそれぞれ個性があるものの、どの方も魅力的な診察をします。MBAに引けを取らないような話術で診察される方もいれば、落ち着いた雰囲気で患者さんや家族とともに喜びや悲しみを分かち合うような診察をされる方など様々でした。日本のようにカルテを見ながらほぼ決まり切ったような質問をするのではありませんでした。その違いは、まずはかけることができる時間の長さによるところもあると思います。日本の外来では10分前後が相場かと思いますが、BMOでは30分、長ければ1時間を超すこともあります。カルテには患者さんとどのくらい話したかが書かれています。また教育の違いもあるのかなと感じました。日本では問診といえば、OSCEにしろ、はやりの総診にしろ、「推論」・「推理」といった側面が強調され、答えに早くたどり着くのが善しみたいな部分がありますが、アメリカの医学生は学生のうちからFree clinicのような場所で実践を積み、実際の患者さんに触れています。というより何を伝えるかを推理できるのは当たり前、それをどのように伝えるかを学生のうちから学んでいるということでしょうか。テキサスという立地のため、また世界規模の施設のため、英語を話せない患者さんもいました(スペイン語圏、アラビア語圏が多かったです)。そのような時には通訳の方を介して行ったり、医師の中にもスペイン語を話せる方もいました。

がんという病の性格上、カンファレンスの数は多くあります。見学させていただいただけでも、科内のカンファレンスは勿論、研究室のmeeting、外科・放射線科との合同カンファ、education meeting、倫理委員会(臨床試験を行うため)など様々です。印象的であったのは、日本のカンファレンスでは上の立場の医師が司会をし、研修医がプレゼンといった形ですが、BMOでは司会は助教がつとめ、プレゼンは教授が行っていました。

 

(2)Inpatient clinic @ Leukemia department

 登録上はBMOの見学者との立場でしたが、上野先生の御取り計らいによりDepartment of Leukemiaを見学することができました。MDAでは血液内科でも、Leukemiaグループ、Lymphomaグループ、Myelomaグループに分かれており、さらにその中でもBMOのように小グループに分かれています。私はLeukemiaグループの回診を2日間見学しました。グループは医師、看護師、Fellowの他にClinical pharmacistによって構成されており、chemoの治療方針に意見を出したり、実際に処方権が認められています。ここでも多職種連携の活発な議論が行われていました。日々Outpatientの患者さんを見ていた私が、ここで一番感じたのは、inpatientの患者さんは見るからに元気がなさそうでした。血液腫瘍は腫瘍の中でも抗癌剤によって制圧できる唯一のがんだと言われたりはしますが、抗癌剤とて万能薬ではなく、制御の難しいケースや再発を生じるケースもあり、また血液内科で行われるようなaggressiveな抗癌剤は副作用も強いのだと思います。

 回診自体は日本のそれと大きく変わるようなものではありませんでした。MDAでは患者さんはすべて個室になっており、病室もそれなりの設備を整えています。ただ病室の雰囲気や回診での医師と患者のやりとりは日本の方が明るいといいますか、治療にむけてがんばっていこうという雰囲気を感じました(もっとも東大の血内は最初にローテーションしたので、あまり鮮明に覚えていないのですが)。説明していただいたClinical pharmacistの話によると、そのチームの回診はとてもspeedyとのお話だったので、どれだけ早いものなかのかと思っていたら、日本の標準的な回診よりむしろ長めでした。がんセンターという性質上、長期にわたって患者さんを入院させておくのは難しいのかなと思います。それでもMDAで治療を受けたいという患者さんが、遠く離れた故郷からわざわざ薬を処方してもらうためだけに月に何回かMDAに通う選択をしているのを見て、がんセンターの限界を見たような気がします。

 

(3)その他seminarなど

 MDAでは毎日どこかしらで講演会やセミナー、Grand Roundsなどが開催されています。そのため時間があるときには頻繁に足を運んでいました。内容は難しい基礎研究もありなかなか理解できないものも多くありましたが、キーとなる遺伝子名や用語だけメモしてあとで調べてみたりしました。世界の最先端の研究の話を聞くことができたのは良い体験だったと思います。

 MDAには世界中にsister corporation(姉妹期間)があります。日本の姉妹期間は、聖路加国際病院、慶應大学、京都大学の3つで、残念ながら東大も国立がんセンターも入っていません。実習期間中に、エジプトのカイロの国立がんセンターとMDAが提携するとのことで調印式があり、メディアもちらほら来ていたのですが、わざわざ1時間の式のためにカイロからトップが来米されているのには驚きました。臨床研究は今や多施設で行うのはASCOでは当たり前になってきており、世界レベルの試験を行うためには国際的な協力が不可欠になっているのだと思います。

 

3.現地での生活

(1)観光

 たまたま同級生の吉田君がテキサスメディカルセンター内のMethodist Hospitalに実習に来ていたため、週末は彼と一緒に観光しました。テキサスは広いため車がないと観光には不便です。彼のレンタカーに乗せてもらいました。感謝です。

 正直な感想として、想像していたより田舎町ではありました。ダウンタウンであっても週末人でにぎわっているというようなことはなく、むしろさびしい感じがしました。そのため週末計4日で、NASANBAtheater district(オペラ)など主要な観光地は回れました。むしろガイドブックにのっているところはすでに行ってしまって、二人で知る人ぞ知るような場所を開発したりしていました。そのためいい意味でも悪い意味でも飾っていないテキサスの本当の姿を少しみることができたような気がします。印象に残ったのは、どこの観光地へ行っても向こうの人はとても勉強熱心で、家族連れでも親が子どもに説明していたり、カップル同士で絵を見ながら議論してる風景は良く見られました。NASAでもアメリカ人はロケットの下に書いてある説明書きを熟読している一方で、ロケットの前で記念撮影しているのは日本人とか中国人だったりします。

現地で落ち合った同級生と(NASA Johnson Center

 

(2)生活

 気候的には温暖で(日本の4月位)、とても過ごしやすいと思います。もっとも私が訪れたときはアメリカの寒波の影響をうけて10数年ぶりにみぞれが降ったとかいう時みたいでした。朝カーテンを明けると、基本的には雲ひとつない青空が広がっていました。

 

(3)現地で働く東大の先生と

 MDAで活躍されている二人の東大の先生にお話しを聞きました。一人はlymphomaの大木先生であちらでfacultyをされているすごい先生でした。言葉の端々にすごさを感じました。臨床試験をやりたいため、こちらにいらっしゃったということでした。

 もう一方は、東大の第二外科の三瀬先生でsurgical oncologyでポスドクをされていました。東大の第二外科からは毎年約一人のペースでMDAへポスドクとして派遣されているそうです。三瀬先生で3人目ということでした。

 

 

 

 

大木先生(中央)と

 

4.感想

 この時期にアメリカ(海外)短期留学を希望する理由は人様々かと思いますが、私個人的な意見としては、日本で学べる分野は日本で、日本語で、学ぶので十分かと思います。実践的な・手技的なことを求めていくのもありですが、遅かれ早かれ研修医になればできることですし長期的なキャリアの中では微々たる差かと思います。折角アメリカに行くのであれば、日本でこれから発達していくであるような分野が本場アメリカではどのように展開されているのかを目の当たりにする、脳内でパラダイムシフトが起こるような経験をするのが、アメリカに行くメリットなのではないかと思います。