2014年国立台湾大学

                               M3 Male

 

1.はじめに

 私は201429日から37日までの4週間、台北市にある国立台湾大学(NTU)の腫瘤医学部で実習を行いました。あまり詳しい歴史的な沿革は知りませんが、国立台湾大学はもともと戦前台湾が日本の統治下にあるときに日本政府によって作られた大学で、昔は台湾帝国大学と呼ばれていたそうです(私が日本人ということもあり、違う先生に会うたびに同じような説明を受けました)。新棟と旧棟をつなぐ長い廊下には国立台湾大学の歴史が展示してあり、確かに初めの方は学長や院長は日本人でした。現在は日本の影響はほとんど残してなかったですが、年配の教授では日本語を話せる方もおられたし、第2外国語として日本語を勉強する学生も半分弱いるということです。

 国立台湾大学といえば、学歴偏重の台湾の中でもトップの大学です。大学ランキングでは、アジアでは14位となっており、東北大学や東工大と同じくらいのレベルのようです。キャンパスは、公館にあるメインキャンパス(ヤシの木ロードで有名な方)と、台北市駅の近くの医学部キャンパスの二つあります。医学部キャンパスには、学部棟、病院は新棟・旧棟・Children Hospital(ハーバードを模倣したものみたいです)がありました。

附属病院の前で

 

2.準備

 なぜ台湾にしたのか、というのは多くの友達に聞かれたことではあり、いつも「食べ物がおいしいから」、などと冗談のように答えてはいましたが、その実色々考えて選択しました。一番最初に興味をもったのは、台湾のがん登録システムです。日本では地域ごとのがん登録システムしかありませんが台湾では国レベルのがん登録システムがあると聞いたことがありました。また同じアジア人でも、台湾では口腔がんが多かったり、胃がんの死亡率が高かったりと、日本のがん罹患・死亡と少し異なっているのも興味深いことでした。またこれは実際に行ってみて気づいたことではありますが、東大も国立台湾大学も同じナンバー1の大学ではありますが、日本ではがん分野では国立がんセンターやがん研有明、総合病院では聖路加や三井、また京大・阪大なども力があり、必ずしも分野によっては東大がナンバー1でないものもあります。一方で、台湾では国立台湾大学がほぼすべての分野でナンバー1といっても過言ではないかと思います。私はがん医療に興味がありますが、日本のようにがん専門施設があるところでの大学病院の有り方と、台湾のようにがん医療でも国を牽引していかねばならぬ大学病院の有り方ではどのように違うのか、とても興味がありました。

 尤も消極的な理由もあり、国際交流室を通してアメリカやヨーロッパに行くのは少しハードルが高いようにも思ったことも理由の一つです。実際にそのようなところに選抜された人を見ると、皆英語ができるか勉強ができるかの優秀な人ばかりでした。そこで、アメリカへは自分のつてで探していくことにし(結果的にはアメリカのヒューストンに3週間行きました)、国際交流室を通してでは、少し人とは違うような選択をしてみても面白いのではと考えるようになりました。勿論、台湾の人は親切な人が多い、とか食べ物が美味しいとかも、その決意をおす一助とはなりましたが()。ある調査によれば、「行ってみたい国」と聞くとフランスやイタリアのような国が人気が高いようですが、「行ってみて良かった国」は、1位は台湾、2位はタイ、だということです。実際に行ってみても、勉強面。観光面ともに、その期待を裏切らないようなところではありました。

 留学の手続きは、特に面倒なこともなく指示通りに書類を数通提出すればよいものでした。丸山先生にも色々アドバイスをいただき、とても円滑に進みました。住まいは景福館という大学の寮を格安で(3万円/月)借りることができ、学費は提携校ということで無料でした。VISAは向こうからの書類には必要、と書いてありましたが、1ヵ月の滞在で特に求められる場面はありませんでした。東京大学と国立台湾大学が提携を結んだのがかなり最近ということみたいで(一説にはまだ提携は結ばれていなくて、医学部でのclerkship2013年度から始めたという話も聞きました)、我々が東大から台湾大学への第T期生となりましたので、事前の情報はほとんどありませんでした。これまでのエレクラの感想文を見ると、提携のある台北医科大学に行かれた人の感想文がいくつかありましたので、同じ台湾ということでそちらも少し参考にしました。台北医科大学に行かれた人で大学での受け入れ体制がお粗末であった、と書かれていた人がおり、また今年初めての提携ということもあり、一抹の不安はありましたが、結論から申しますと国立台湾大学では受け入れ体制は全く問題がありませんでした。むしろ自分としてはとても満足でしたので、後輩に自信をもって勧めたいくらいです。

 住まいも寮であり、風土も日本と同じような感じということでしたので、これといって特別な準備をすることなく、海外旅行のような面持ちで行きました。実は私は中国語を大学で勉強したことがなく全く話せない状態で行ったのですが、それほど問題を感じませんでした。というのも、カンファや講義のスライドは英語なので問題なく理解でき、台湾大学の医学部生ともなると優秀なので、そばで通訳してくれる人がいつもいたので大丈夫でした。こちらも英語は片言、向こうもやや片言ということで、こちらも向こうも一生懸命英語で会話してましたので、アメリカのときのように「速すぎてあんまり聞き取れない」といったようなこともなく、正直アメリカにいる時よりも、たくさんそして楽しく英語を話せたような気がします。ただ一つ、患者さんとの話の内容が分からなかったことと、患者さんと話せなかったことは心残りでありました。なので、第2外国語で中国語を選択した人がいったら、きっととても楽しいだろうな、とはいつも思っていました。

 

3.実習

 実習は腫瘤医学部で3週間、放射線腫瘤部で1週間、その他中国医薬大学やAcademia Sinicaに見学にいったり、台北のシェラトンホテルの血液の学会に参加したりしました。

(1)腫瘤医学部

 日本風にいうと「腫瘍内科」に相当すると思います。国立、のしかもトップの大学で腫瘍内科が展開されているということ自体とても驚きです(こんなにすごい腫瘍内科が展開されているのは行くまで知りませんでした)。日本だとがん医療は臓器特異的に発展してきた経緯があり、例えば消化器がんなら消化器内科で、と診療科ごとに診断・治療を行っています。そのため腫瘍内科のようにがんを横断的に診る診療科は、特に国立大学ではここ近年になって新設されるようになったものの、極めて少ないのが現状です。同じ日本政府によって作られた大学なのに、がん医療の発展の仕方が違うのは興味深いです。

 腫瘤医学部では、がんの薬物療法を中心に特に末期のがん患者さんの全身管理を行うのが主な役目でした。診療の中心はチーフレジデント(56年目)で、その下に67名のレジデント・PGY(医学部7年)、クラーク(医学部6年)がいます。上の先生は、外来業務や臨床試験関係の業務、臓器別カンファレンスに出席するのが仕事のようでした。また毎日のように腫瘤医学部の各臓器の専門家の先生が、がん薬物療法の講義を開いており、とても刺激的で大変勉強になりました。

 現地では、講師の先生・チーフレジデントの先生、クラークの学生の方に、適宜ついて診療を見せてもらいました。チーフレジデントの劉先生は、とても教育熱心な方で、他の診療科の先生に連絡を取り、色々なものを見学させてもらいました。そのためがんの分野に関わらず、透析、血液病理、内視鏡など挙げればきりがありませんが、一通りの手技は見学できました。講師の先生には、ご専門の乳がんの講義をしていただいたり、治験病棟を案内してもらったりしました。結果的に今予定表を見返すと、ほとんど毎日毎時間やることがあり、ずいぶん充実した時間を送ることができたのだと感謝しています。そもそも日本のがん教育は臓器別であるため、海外の腫瘍内科の雰囲気には日本の学生にとってはとても斬新な印象があると思います。

 

(2)放射線腫瘤部

 チーフレジデントの劉先生のご配慮で、本来予定にはありませんでしたが1週間放射線腫瘤部で実習を行うことができました。国立台湾大学では、スクリーニングは家庭医学部、診断は放射線腫瘤部、治療は腫瘤医学部を中心に放射線腫瘤部や外科と合同、というようにきちんと分業体制が敷かれていました。医療費がとても安くここの救急部で実習をしていた同期の話だと、本当にコンビニ感覚で患者さんが大学病院に来るため、患者さんの数がとても多いみたいです(腫瘤医学の外来でも多い先生では1日に5060人見るみたいです)。それもあり、がん患者さんをどの診療科で見るのかというのはあまり問題にならず、見れるところが積極的に診ていくという雰囲気を感じました。また、私が色々が診療科を見学できたこと自体、診療科間の風通しはとても良好なようで、コンサルトもたくさんしていました。

 放射線腫瘤部では、主に放射線治療機器の見学とプレゼンの発表の勉強をしました。日本では放射線の最新機器を持った施設は各地に散在している印象ですが、このような国立大学にサイバーナイフのような最新機器がそろっているのはすごいことだと思います。放射線治療の分野は未習であり(後で国試の問題を見ましたが日本では放射線診断の分野に重きが置かれ、放射線治療の教育は不十分であるようには感じました)、内容自体は消化不良の感は否めませんでしたが、がんの治療には腫瘍内科と放射線科の連携が大切なのだとよく分かりました。

 

(3)その他

Academia Sinicaの見学

 Academia Sinicaは、台北にある主に理科系の最高研究機関で、日本で言うなら理研と学士院を合わせたような機関です。昨年のあるがんのシンポジウムで日本に来られていたAcademia Sinicaの先生とお話ししたのをきっかけに見学させてもらうことができました。 その先生は台湾のがん登録の第1人者の先生であり、日本と台湾のがん登録の違いや、今後の台湾のがん罹患の予想などを聞くことができ、とても面白かったです。

アカデミア・シニカにて

 

Hematologyの学会

 MD Andersonと台湾とのジョイントシンポジウムで、年に一回開催しているようです。日本からは名古屋大学の小児科の小島先生が来られていて、発表を聞くことができました。血液がんの化学療法がここまですすんでいるのか、とおどろかされました。

モーニングミーティング@台北シェラトンホテル

 

 

・中国医薬大学の見学

 MD Andersonと提携している大学で、中国医薬大学から毎年10名弱ほどの学生がMD Andersonに見学に来ているようです(日本ではこのようなレギュラーな見学の受け入れをしりません)。MD Andersonで知り合った台湾の先生に紹介していただきました。台北とは少し離れた台中にあるのですが、観光がてら台湾の他の大学を見学できたよい機会でした。

中国医薬大学附属病院

 

4.現地での生活

(1)観光

 寮で一緒にとまっていたマンチェスター大学の医学生や、台湾大学から東大に実習に来ていた学生さんと現地で落ち合って観光に行ってました。詳しくはガイドブックを参照ではありますが、台湾は観光には事欠かない町だと思います。

(2)生活

 気候的には温暖で(日本の4月位)、とても過ごしやすいと思います。ただこの時期は雨が多いのが少し残念ではありました。物価も日本に比べて安く(おおよそ日本の半分〜7割程度)、食べ物も日本に近いため生活で不自由することはありません。交通もMRTという簡単な地下鉄が発達しているため、日本の電車を乗りこなせる人には余裕な交通機関だと思います。

 

0.感想

 総じてとても楽しく充実した実習であったと思います。前述の通り国立台湾大学と東大との交流は医学部では今年が初であり、医学部での交流をもとに今後全学でも交流を広げていきたいと人事の方はおっしゃっていました。留学といえばアメリカが本場というイメージがありますが、良くも悪くもアメリカは人種も規模も日本とはくらべものにならないほど違うので、逆に全く新しい文化に接するような気持かと思います。片や台湾は気質も文化も日本と似通っているため、そのような文化圏でどのような医療が発達しているのかをみることは、ひいては日本の医療を顧みることにつながるのではないかと感じました。

 おすすめとしては国立台湾大学では、横断的な学問、例えば家庭医療・腫瘍内科やリハビリテーション、またアメリカを真似して作ったといわれるChildren Hospitalなどは見学にいくと面白いのかと思います。また近年日本の医療特にがんの分野では、アメリカやヨーロッパと肩を並べるために、「アジアで医療を考える」傾向にあります。政治的に中国や韓国とは上手くいっていない現状ですが、その橋渡しという意味でも台湾というのは日本にとって重要な国なのかなと思います。

 最後にこの感想文を読んで、少しでも多く人が国立台湾大学に興味をもっていただけましたら幸いです。