Elective Clerkship report 2014

M3 Male

 

実習国:インド

実習期間:20143

実習先:TIBETAN DELEK HOSPITAL, Kharadanda Rd., Dharamsala-176215, H.P., INDIA

http://www.delekhospital.org/delek

https://www.facebook.com/delek.hospital?fref=ts

 

私は20143月の約一か月間、インドの北部、Himachal Pradesh州のDharamsalaという街にある”TIBETAN DELEK HOSPITAL”にて実習をさせて戴きました。実習をするにあたりご助力下さった医学部教務課、国際交流室の皆様、そして現地の先生方、スタッフの皆さま全ての方々に対しこの場をお借りして厚く御礼申し上げます。そして、これからElective Clerkshipに臨まれるみなさんにとっての参考になれば幸甚です。

 

1.はじめに

 Elective ClerkshipM3学生にとっての最大の実習イベントと言えるでしょう。なぜならば研究・臨床を問わず、また国内・国外に関わらず、自らの興味や今後の進路に合わせ、実習先機関から受け入れ許可さえ戴ければ、基本的にどこでで、医学実習を行うことができるからです。

 毎年、この期間に海外へ実習先を求める学生も少なくなく、大学間交流協定プログラムを使えば、少なくとも手続きの上では比較的容易に海外実習を行うことができるでしょう。しかしながら、このプログラムでは基本的にいわゆる先進国の大学関連の医療機関にしか行くことができず、先進国以外の施設や海外の市中病院で実習を行いたいという方には必ずしも満足なものでないかもしれません。

 私は、大学間交流協定プログラムを使わず、また海外の大学機関を通さず、直接(市中)病院と実習に関する交渉をし、結果EC期間に実習生として受け入れて戴くことができました。おそらく、今後も私のお世話になった同じ病院に行かれる方はいないと思われますので、ここではいわゆる先進国でない国の市中病院を実習先と考え、直接交渉をし、医学生として受け入れてほしいと考えている方に向けてのレポートを記したいと思います。

 とはいえ、国や地域によってかなり状況は異なると思われますので、あくまで私の体験としてお読みください。

 

2.実習先について

 私のお世話になった”TIBETAN DELEK HOSPITAL”はその名前の通り、チベット人のための病院です。

この病院について知るには、インドやチベットの現代史をひも解く必要があるのですが、簡単に言ってしまうと、1950年代に中国共産党政権がチベットを武力で侵略し、1959年にはダライラマ法王がインドへ亡命されたことを契機として、以降一般のチベット人も大勢ヒマラヤを超えてインドや近隣諸国へ亡命しました。この病院は、そんな異国の地で亡命生活を送るチベット人のために、亡命チベット政府自ら1971年に設立した施設で、インド国内では私立病院としての扱いを受けています。Dharamsalaは亡命政府やダライラマ法王の仮宮殿のある町で、病院のすぐ近くに亡命政府の建物があります。

内科を中心とした、どちらかといえば大きな診療所といった趣のある施設ではありますが、日本のように大きな病院がいくつもあるような環境ではないため、小さな切り傷や風邪から出産、交通事故、重篤な意識障害の患者までを一所に受け入れる、地域の重要な医療拠点です。治療費をかなり安く抑えているため、今ではチベット人はもちろん、周辺に住むインド人や各国巡礼者・旅行者も多く受診してきます。

医師は全員チベット人で常勤は8名、最高責任者のDr. Tseten DorjiHarvard Univ.を卒業され、日本で学ばれた経験もお持ちで、現在はダライラマ法王の侍医でもある先生です。その他、私の滞在中とは重なりませんでしたが、アメリカやフランスなどからの医学生がたまに私のように実習をしたり、母国で退職後の医師がボランティアで働いていたりすることもあります。

メインの建物(下写真)は40床ほどで、別棟の結核病棟にも20床があります。

 

3.きっかけ・交渉・準備

私は教養課程を文科系として過ごし、入学時よりインド北部のチベット人コミュニティの宗教学、精神文化学に興味があり、年に1.2回このDharamsalaの町を訪れていました。

2年前、とあるきっかけでこのDELEK HOSPITALに勤務する先生に厚くもてなしていただき、病院も見学させていただきました。日本に比べ、機材も薬剤も限られたなかで、患者さんの満足のいく医療サービスを求められている状況が非常に興味深く、医療の原点を垣間見ている気がしました。将来医師となる身として、患者さんへの接し方、信頼関係の構築、限られた医療資源を使った最善の医療の提供など学ぶべきことがたくさんあり、いつしか医療に関わる者としてDharamsalaの町に数か月腰を据えて、保健医療に携わりたいと考えるようになりました。

ECにあたっては、春ごろからこの先生や現地に詳しい日本人を通して院長先生に話を通していただき、主にメールを通して連絡をとり、78月ごろには一応実習を受け入れて戴ける流れとなりました。9月の連休を使って現地へ赴き、院長先生(院長は医師ではない)や医療責任者(前述のDr. Tseten)に直接お願いし、受け入れ証明を戴くことができました。なかなか費用、時間の面でも難しいとは思いますが、やはり先方に自分のことを知ってもらうという点でも、実際にお会いしてお願いすることは意味のあることです。もしこれからECで同様な実習を考えている方がいれば、おおよそメールで交渉したあと直接事前に現地を訪れることをお奨めします。

 

4.旅券・査証・航空券など

海外渡航には当然ながら旅券が必要です。

またインドの場合、入国にはどのような目的でも査証(VISA)が必要となります。私の場合はT type (観光ビザ)で構わないということでしたので、この査証を東京で取得しました。査証に関しては国によってかなり違いがあるので、自分で判断せず、実習先と相談した上で取得するようにしてください。ちなみに東京でインド査証を申請する場合、最近はかなり簡単になっていて、webで申請・書類作成後、茗荷谷のビザセンターに提出、1週間ほどで難なく取得できます(2014.4月現在)

航空券は大学や先方から指定のない限り、どんなタイプのものでも可能でしょう。インド・Delhiまで、日系航空会社で8-10万円程度、中国系航空会社を使えば4-5万円程度からでDelhiまで行けてしまいます。

http://www.skyscanner.jp/ (蛇足ですが普段の旅行でも大変重宝します)

 DharamsalaへはDelhiからバスで12-14時間程度、鉄道乗り継ぎや国内線飛行機でも行け、アクセスは良くなっています。

 

5.実習内容

 病院での業務は主に5つに分かれていて、外来診療、入院患者への治療、救急対応、結核病棟、往診、これに夜間・休日のon callが加わります。ただ、分かれているとは言っても日ごとに担当の先生がローテートしていくので、私はその日の業務内容に応じて興味あるところで業務を行いました。

 朝は8時半から1分間の瞑想のあと、医師と看護師でカンファレンスを行い、その後各分野に分かれます。夕方は基本的に5時で終わり、on callの医師以外は帰宅となります。

平日と土曜日午前が通常業務で、それ以外はon call1.2名が対応します。何度かこのon callの補助を担当しましたが、救急で外傷や発熱などで時間外でも患者さんはよく来られるので暇を持て余すということはありませんでした。

 特に充実していたのは外来や救急で、ファーストタッチを任されることも多く、チベット語に苦戦しながらもバイタルや訴え・所見を取り、まとめて上の先生に英語でプレゼンテーションをする作業は、もちろん骨が折れましたがとてもよい訓練になりました。まとめ方や英語の作法などについてその都度有用なアドバイスがもらえたことも有意義でした。

風邪で受診してきた患者さんすぐ後に、肝不全の増悪で危険な呼吸状態となった患者さんが運ばれてくるなど北米型ERに似た、柔軟で迅速な対応が求められます。必要に応じて採血や血ガス採取など軽度な侵襲を伴う手技も任され、手を動かしながらいま何をしたらよいかを主体的に考える場を積むことができました。よく診た疾患で特徴的だったものには、Giardia症や赤痢アメーバ症、B型肝炎などがありデング熱や熱帯熱マラリアの症例も経験することができました。1月に日本の医科研でも実習をしていたため、診断・薬物治療・その経過で日本との違いも多く、興味深いものでした。

 医療機関にかかる頻度が日本よりも格段に低く、日本ではあらかじめ分かっているような検査値や糖尿病や高血圧といった基本的な情報もないなかで、問診から鑑別疾患を挙げてゆき、検査や投薬を開始するという一連の流れを追え、自分もその議論に参加できたことは自信にもつながります。実際に、髄膜炎、脳梗塞、熱帯熱マラリアのような見逃してはいけない疾患の患者さんも目にしたため、緊張感を持って現場に臨むことができました。

疫学的な分野では、チベット人はインド人に比べても結核罹患率が高く、それだけでも愉楽に満ちたテーマでもあるわけですが、近年ではこの病院に限らず特にチベット文化圏で、多剤耐性結核(MDR-TB)や全薬剤耐性結核(XDR-TB)が深刻な問題となっています。ここに目を付けたJohns Hopkins Universityの研究チームと当病院が共同でTibetan TB Control Programという研究を現在進行していて、フィールドも含め、先生のお話を聴いたり、見学したりすることができました。

その他に、病院では週1-2回ペースで高齢者施設への往診、インド人居住区スラムへの往診も行っており、これにも1度同行させていただきました。また324日の「世界結核の日」に合わせて、町の学校へ出前授業を行うイベントにも参加できました。

 あと、これは病院の業務外で上記の実習には含んでいませんが、ダラムサラ近郊のGopalpurという集落の学校での定期健診を12日で見学に行くことができ、子供たちと一緒に遊ぶことができました。

 

 

 

 

 

 

 

 

6.当地での生活

いわゆる先進国のように時間通り、思った通りにことが進まないことも多いですが、日本のように何でも規律や時間で縛ってしまう生きづらさはなく、慣れてしまえば快適に過ごすことができます。

ここでは1度なりともいわゆる途上国への渡航経験がある方を念頭に置いた、実習に限った(DharamsalaDelhi中心)レポートを記します。インド全般的なことはとても書ききれません。初めて渡航する方やイメージの沸かない方、周辺を旅行してみたい方は『地球の歩き方』のような旅行入門書を読んでおくと良いと思います。

<地域>

 上でも述べたように、Dharamsalaという町はインドでも異色の町です。チベット系住民の比率が高く、宗教も聞こえてくる言葉も街並みも他のインドの町とは異なります。そのような例外的な町に滞在した記録として読んでください。

<言語>

インドでは様々な人々が様々な言語を話すので、最低英語ができれば何とかなるでしょう。一般のインド人は自分の地域の言語と近隣の言語、英語など34言語以上を当然のように話します。Dharamsalaではチベット人の教育レベルは高く、亡命直後の人を除けば英語、ヒンディー語も堪能です。最近ではロシア語を話すチベット仏教圏の人たち(カザフ人、モンゴル人など)を町でよく見かけるようになりました。

病院ではカンファレンスや医療者間の会話は英語が基本です。インドの医学部では授業も試験も全て英語だそうです。ただし、くせのある英語のため慣れるまで苦労するかもしれません。患者さんには相手によって、チベット人にはチベット語、インド人にはヒンディー語、それ以外なら英語でのコミュニケーションが基本です。私の場合ヒンディー語がさっぱりできないため、よくナースさんたちの翻訳にお世話になりました。

かなりの田舎にいくと英語が通じないこともありますが、インドに限らず何とかなります。非言語コミュニケーションを楽しみましょう。

<物価・お金>

 ここ数年で驚異的なインフレーションが進行していますが、まだまだ世界有数の物価の安い国だと言えるでしょう。1Rs(ルピー)=1.75円(2014.4現在)。

 インドでややこしいのが、町によって物価がずい分違うことです。Dharamsalaは山間に位置しているせいか、やや高い印象があります。ATMDharamsalaにも数台、インドの地方都市にもほぼあって、クレジットカードか国際キャッシュカードで現金の引き出しも可能です。私の場合、平均的な1日の出費は以下のようでした。

宿代(150Rs)、食費2(200Rs; 昼食は病院が無償提供)、水(20Rs)、嗜好品など(100Rs)

11000円もあれば十分で、航空券を除けば約1か月の滞在で3万円ほどを使いました。

<宿泊場所>

Dharamsalaでは、町の中心部のゲストハウスに1150Rsで宿泊していました。病院まで徒歩30分ほどで、朝晩通う道から眺めるヒマラヤの山々は非常に美しかったです。

病院の近接で宿をとることもできましたが、食事や休日のことを考えて宿を取りました。

Delhiではドミトリー形式の宿だと250~350Rs程度であります。

<交通>

DelhiからDharamsalaへは夜行バスで12-14時間。国内線飛行機で1時間+空港から40分ほど。鉄道を乗り継ぐ手段もあります。道路も良くなっていて、さほど不快感はありません(他のインドの町との比較という意味です)。

Dharamsalaは小さい町ですが山の上に位置ずるので、病院から中心部まで急な登り坂

が続きます。100Rsでタクシーに乗ることもできます。Dharamsalaに限らず、郊外へゆくタクシーに乗るときは地元の人に妥当な値段を聞いてから、じっくり交渉をすることが必要です。

 またやはりDharamsalaに限らずバイクや自動車の急激な普及と荒い運転のため、交通外傷が非常に増えており、病院でも何例か診ることになりました。気を付けた方がよいでしょう。

<買い物>

 町で水や日用品を買う分には何の問題もないでしょう。ただし、ヒンドゥー文化圏の町(インドの大半の町)では、裕福な人は同じ商品でも割高で買って当然という考えがあり、外国人には値段が吊り上げられる場合があります。まとめ買いをするとむしろ割高になることもあります。何事も交渉が大切です。

 一方、お土産品など一般の人たちが買わないようなものには定価がなく、言い値はかなり高いので現地の物価と自分の欲求に合わせてじっくり交渉すべきです。

 多少の偏見もあるでしょうが、チベット人が悪質な値段のつり上げをすることはあまりありません、一方インド人はそのあたりは貪欲なようです

<気候>

インドでは全国的に3月を過ぎると気温はぐんぐんあがり5月頃ピークを迎えます。Dharamsalaは標高が2200mほどのため、低地のインド人の町よりは冷えますが、それでもこの時期日中はシャツ1枚で十分な気温です。しかし朝晩は冷え込むため、長袖や上着は要るでしょう。Delhiのような低地では3月中に30℃を超える日もあります。

この2-3月毎の渡航の際は風邪に注意し、気候の変化に対応できるような衣服を準備すべきです。

<食事と健康>

予防接種はA型肝炎が費用対効果の点で一番優れていて、その他は適宜必要そうなものを打つと良いでしょう。あまり怖がる必要はないと思います。

ミネラルウォーターはどこにでも売っています。Dharamsalaでは蛇口の水(川の水を流しているだけですが)も乾季は衛生的で飲んでも問題ありません。一方、雨季には泥水が蛇口から出ることになります。

Delhiや一般的なインドの町では、入国したての場合水道水は飲まない方が無難です。徐々にローカル食堂の食事や水に慣れてゆくと下痢にもなりにくいです。下痢になったら薬局で簡単に薬剤が手に入り、たいていはすぐに収まるので、インドで下痢にならないように、という風に考えない方が良いかもしれません。

 あとDharamsalaや北インドでは野犬が多く、いまだに狂犬病の例があるため犬に噛まれた場合は節約せずに病院へ行きましょう。

<治安>

インド人の多い町では新年、共和国記念日、3月の満月(ホーリー)など馬鹿騒ぎをする日がいくつかあり、その日の外出(特に女性)は気を付けるべきですが、一般的な治安は日本以外の先進国に比べても良いと言えるでしょう。スリや置き引きには当然注意すべきです。

 

7.おわりに

 今回、観光していた期間も含めると2か月ほどチベット文化圏に滞在していたのですが、特にレクチャーを受けるまでもなく、Community Diagnosisという仮説を考えずにはいられませんでした。地域の健康問題の因果関係を、生活環境や社会的、経済的事情まで加味した広い視点で考える手法で、Community Diagnosisの結果から有効なAction Planを練り、Communityに対して行い、評価を行う一連の流れのことですが、インドの中のチベット文化圏のような小さなクラスターをなす集団には特に有効な手法のように思えました。

 たとえば当病院が試行していることに、寺院の僧侶に衛生係を作るというものがあります。彼らには病院で簡単な研修を受けてもらい、自分の寺院に帰って水質や食品の衛生状態のチェックをしてもらうとともに、定期的な血圧や血糖の管理や、病人が出たときには病院とのパイプ役にもなってもらう等の役割を果たしてもらい、代わりに一部の修行をこれに替えるというものです。結核にしろGiardiaにしろ、こういった集団ベースの取り組みなしにはコントロールが難しいからです。さらに人々から尊敬される僧侶が率先してこれをすることは、一般の人々への模範を示すという意味もあります。

テキスト ボックス: *レポート中で用いた写真中の患者さんには写真を報告目的で使う許可を得ています。 このことに限らず、地域に根差した病院だからこそできる予防と治療とが一体となった医療活動は、日本でも応用できる学ぶべき材料なはずです。