U期        シドニー大学Hornsby Kuring-gai Hospital 精神科

M3 Female

 

 エレクティブクラークシップU期では、ぜひ海外に行ってみたいという以前からの希望があり、またせっかく言語や文化の異なる地で実習をするのだったら、それらの影響をもっとも顕著に受けそうな診療科を見学したいという漠然としたイメージから、精神科を選択しました。

 

1.           準備

シドニー大学のHPに応募フォームがアップロードされているので、そこから申込を行います。申請は大きく3段階にわけられます。

(1)  今年は例年より1ヶ月遅く、7月から申請が始まりました。まずはApplication Package, Dean’s Letter(学部長の推薦状)、MIPSという保険の加入証明の書類をそろえて先方にメール添付で提出します。Application Package にはワクチンについての欄もあり、私は条件を満たすためにDPTを受け直さねばなりませんでした。それが受理されると仮決定のメールが送られてきて、実習先の病院と診療科の枠をおさえることができます。ここでapplication fee $100を払います。

(2)  メール添付した書類の原本を郵送し、無犯罪証明書とNPCの準備をはじめます。無犯罪証明書(渡航証明)の取得には平日に警視庁に行く必要があるため、夏休み中に済ませるのがよいでしょう。また、昨年まではなかったのですが英語能力を証明するようにメールが届き、慌ててTOEFL8月末に受験するはめになりました。

(3)  ワクチン証明がsatisfactoryと判断されると、Elective feeとして$900払います。実習開始3ヶ月前までに無犯罪証明書とNPCを郵送できたら、準備完了です。

 

2.実習

 Hornsby Hospital はシドニー北部の郊外にある病院で、中心部のRoyal North Shore Hospitalと比べ規模は小さく、日本における中規模市中病院に近いという印象でした。精神科はMental Health Centreという独立した病棟をもっており、さらに救急部の隣にはPECCPsychiatric Emergency Care Centre)があります。私は主に病棟1階のAdult Mental Health Unit18歳以上の患者が対象)にて実習を行いました。

 

Consultantの回診】チームの医師は、consultant(オーベンにあたる精神科専門医)、registrar(中ベンにあたる、精神科専門医試験に向けて研修中の先生方)、resident(卒後2年目の研修医)からなります。consultant registrarは基本的に11対応で同じ患者さん(7-8)を受け持ち、residentは科に1人だけいて検査オーダーや採血などの業務にあたります。Consultantの回診は面談用の小部屋に患者さんを1人ずつ呼び入れる形で行われ、医師の他にもOTや心理士、ソーシャルワーカーもチームとしてともに診療に参加していました。平均入院期間は2週間ほどと短く、退院後もCTO(community treatment order)によって、患者さんが地域で暮らしながらも確実に服薬やリハビリなどの治療が受けられるようにする制度がありました。

 病棟はすべてのドアに鍵がかかっている閉鎖病棟で、当然ながら任意入院(voluntary admission)でない患者さんもいらっしゃいます。日本と異なり、本人の意に反して患者さんを入院させる場合にはtribunalという第三者組織がヒアリングを行い、医師は入院の必要性をプレゼンしてtribunalの承認を得なければなりません。患者さんの病識が乏しいときにはヒアリングでの医師のプレゼンがかえって患者さんを立腹させてしまう場合もあるようで先生方の苦労は多そうでしたが、人権保護の観点からは透明性の高い制度だと感じました。

 

Registrar向け勉強会】週に1Registrar向けの専門医試験対策の勉強会があり、論文を批判的に検討する読み方、問診のしかた、症例をプレゼンするときのまとめ方などを学びました。

 また、実際の患者さんにご協力いただいた実技試験の練習を見学させていただきました。これは受験者(registrar)が患者さんに問診をし、診断とその根拠をまとめて簡潔にプレゼンする能力を試験委員の先生方が評価するもので、練習なので「この内容についてはより深く訊くべきだった」「患者さんに接する態度はとても好ましかった」「その診断をつけるには根拠が足りないのではないか」などというフィードバックもその場でなされます。Registrarの問診を聴きながら、自分ならどのような問いかけをするか考えることによって、患者さんをとりまく環境について考える際に生物学・心理学・社会学という3つの面を常に念頭においておく訓練になりました。

 

Clozapine clinic】クロザピン(治療抵抗性統合失調症に対する非定型抗精神病薬)は副作用として顆粒球減少症を呈する場合があり、過去には死亡例も報告されていることから、オーストラリアではクロザピンを服用している患者さんに対しては定期的に外来にて血液検査を行うことが義務付けられています。外来患者さんと多くお会いすることができ、症状を抱えながらもそれぞれの地域で暮らしていらっしゃる様子が印象的でした。

 

Wahroonga Rehabilitation service】これはWahroongaという地域の駅近くの公園にある小さな施設で、通称”House in the Park”と呼ばれています。看護師・心理士・OTが主体となって11の認知行動療法・生活スキルトレーニングのほか、集団での散歩やテニスなどの運動、対人スキルトレーニングなどを行っており、さまざまな精神疾患を抱えた方が地域で暮らしながら通い、リハビリができるように工夫されていました。

 

 実習前は、文化が異なるのだから精神科の患者さんなら日本とは何かが違うのではないか、という大雑把なイメージをもっていたのですが、実際に実習をしてみると、むしろ医療システムのほうが大きく異なっていると感じました。病棟での入院期間は短く、その代わり退院後も確実にケアが届くよう、入院中から医師や看護師だけでなく心理士・OT・ソーシャルワーカーがチームとして連携している様子を明らかに見て取ることができました。医療スタッフも患者さんも多様な文化的背景をもち、ときには問診の項目に宗教的な事柄が含まれていたり、南アフリカ出身の患者さんが幼少期のトラウマとしてアパルトヘイトを挙げたりと、日本ではなかなかみられない場面もありました。しかし、統合失調症や双極性障害、鬱病における妄想の内容や特徴的な表情などは驚くほど共通していました。

 現地では、病院のスタッフの方々やホストファミリーのご夫婦をはじめ、たくさんの方がフレンドリーに接してくださったおかげで、場違いな気持ちになることなく実習することができました。科の性質上、患者さんによっては見学を断られることもありましたが、それでも大部分の方はお話を聞かせてくださりました。

 最後になりましたが、丸山先生はじめ国際交流室の方々、暖かくご指導くださったシドニー大学の先生方、お世話になった全ての方々に、厚く御礼申し上げます。