ペンシルベニア大学研究実習体験記

M3 Male

 

1/9から3/29の間、Perelman School of Medicine at the University of Pennsylvania, Department of Psychiatry, Neuropsychiatry Section (Steven J. Siegel lab)にお邪魔しました。もともと基礎研究、特に神経に興味があり、2年間ほど学内の基礎の研究室に通っていました。系統講義を終え、精神疾患を通した基礎っぽい研究も見てみたいと思ったときに推薦枠のお話を聞き、将来留学するかもしれないのでせっかくならアメリカに行こうとUPenn研究実習推薦枠に応募し、選考を経て推薦を頂きました。統合失調症の研究をしている、日本人のいない、PIMDの研究室という条件でSiegel 研究室を選び直接メールすると、快く受け入れてくれました。

後輩の皆さんにお伝えしたい/すべきことは山ほどあり、この体験記をどのようにまとめるべきか非常に悩んだのですが、いつ何を目的に読まれるかということと、所詮私の偏った経験に過ぎないことを考慮し、前半はより多くの皆さんにアメリカ研究実習を志望して頂きたいという考えでまとめ、後半はアメリカ研究実習が決定した方々向けに、特に重要と思うことをアドバイスさせていただきたいと思います。拙い内容と文ですが、以上をご理解の上でお読みいただければと思います。

 

1. なぜアメリカで研究実習すべきか?

1-1.     教育熱心

 ボスのSteveをはじめ研究室のメンバーは非常に教育熱心でした。ボス+ポスドク3+院生2,3+技師2人の比較的小さな研究室に、常時3,4人の学部生、1,2人の留学生が出入りしており、夏にはさらに数人の学部生と高校生まで加わるようです。学生の滞在期間に見合ったテーマを設定するのにも慣れているようでした。学内の研究室にいた時にパッチクランプという手技を身につけていたのですが、とある疾患モデル動物がSiegel 研究室で完成し、丁度パッチクランパーを探していた、ということでテーマはスムーズにまとまりました。

研究室のメンバーはどんなつまらないことでも質問をすると自分の実験を中断してまで丁寧に答えてくれ、これは飛び入り参加の外国人には非常にありがたいことでした。設備に慣れるまでは隣の研究室のパッチクランパーまでもが時間を割いて教えてくれ、結局最後まで私のプロジェクトが順調か気にかけてくれました。

 

1-2.     PIと対等

 Steveとテーマや実験方針を決める際、お互いに満足出来るように対等に話し合おう、という姿勢が強く感じられました。実験内容の詳細には敢えて口出しせず、指示を出すにも控えめでした。一方、装置を使いたい、技術を習いたい、詳しい人と話したいので紹介してほしい、良い論文を紹介してほしい等の要望には誠心誠意、迅速に対応してくれました。チームの監督というよりは、方向を見失わないためのガイド及びマネージャーに徹していました。たまに間違ったことを言ったり頓珍漢な指示をしたりしてきた時は無視していましたが、主体的に考えて真面目に取り組めば評価してくれました。

 

1-3.     効率的

研究活動全体が、「良いジャーナルに投稿する」という目標に貫かれていました。どうしたらトレンドに乗れるか、印象的なフィギュアになるか、どうしたらアクセプトされやすいかを常に考えており、またそのために方針を確認・修正するためのディスカッションの場も多く持たれていました。重要でもリスキーなことは避ける一方、データを提示してからディスカッションを経て、必要な道具や知識、人を集めて次の実験をするまでのサイクルが非常に速かったです。どちらかというと「重要な現象をじっくり調べたら、結果良いジャーナルに通る」という感じの日本でのやり方との優劣は一概にはつけ難いですが、3カ月で何かをまとめるには適していると思います。

 

1-4.     95

 日本の研究室では夜10時まで実験、休日出勤は当たり前ですが、アメリカでは95時・週休2日が標準で、これを超越すると’hardworking’という扱いを受けます。

私の場合、設備を他の研究室のポスドク3人と共有しており、また期間内に仕事を終えられるか微妙だったので、平日昼間枠を放棄するのと引き換えに夜間と休日枠を全てもらい、昼ごろ顔を出して実験準備、夕方から朝まで実験、週休1日という生活をしていました。それなりに大変でしたが、努力には一目置かれて色々と優遇してもらえ、ファーストオーサーとなるはずのポスドクにえらく感謝されてディナーにご招待というおまけがつきました。

 

1-5.     日本での経験

 研究室の運営やプロジェクトの管理はアメリカの方が優れている点が多いと思いますが、実験手技に関しては逆の事が多いです。実験デザインは美しくても手技は雑、ということが起こり得ます。また、アメリカの研究室では自分で調製できる溶液やDIYで製作できる小道具も既製品を買いたがる傾向があります。日本の研究室で手を動かした経験がある方は、身につけた技術を発揮できる機会が多々あると思います。

 

1-6.     結論

3ヶ月間、もちろん大変なこともありましたが、総じて非常に楽しく、また経験的にもデータ的にも(学内の研究室での2年間より)実り多い時間を過ごすこが出来ました。研究の道を少しでも考えている方は、どうせならアメリカで、どうせなら3カ月間、どうせなら日本人のいない研究室で、自分を試してみてはいかがでしょうか。

 

2. アメリカ研究実習に向けて

2-1.   英語

 いくら準備してもし過ぎということはない、という英作文のような表現がぴったりです。研究室に応募する際のアピール材料として受けたTOEFL iBTで私なりには高得点を取れたことで安心し、怠けて英会話の準備は全くしませんでした。研究で要求される英語力はおそらく臨床のそれよりかなり低いということもあり、学術的な話は不自由しなかったのですが、1カ月は雑談についていくことができませんでした。もっと英語が出来ればその期間もうちょっと楽しめたのではないかと後悔しています。

 

2-2.   主体性、積極性

10月頃にボスのSteveとメールでやり取りした際に「進行中のプロジェクトで、もし関与できるものがあれば…」のようなことを書くと、「オレはまず、お前の興味が知りたいんだ。何でもいいからやりたいことを言ってくれ。やりたいことが出来る保証は無いが、そこから話し合って決めよう。」みたいに返ってきました。せっかく論文を読み込んで知識の準備はしたのに、それだけで満足していました。

実験を始めてからは、自分の実験手技を研究室内の誰も理解していないという特殊な状況で、一人に付きっきりになるのではなく、必要な資源や補助を得るために色んな人と交渉して回る必要がありました。今度あの装置の使い方教えて。もっと実験するために夜は装置を独占したい。午後5時までに必ず空けてほしい。週末も独占。社長出勤仕方ないでしょ?時間無いからマウスも優先的に供給してほしい。ミーティング時々サボるしあとで内容教えて。等々、頼めば大方聞き入れられて、自分の実験に集中することが出来ました。

いずれの場面でも、自分から積極的に動き伝えればその分だけ多くを得られる、ということを学びました。

 

2-3.   説明能力

 アメリカの学生は目的意識が高いとよく言われますが、実際にそうである以上に目的意識を説明する能力が高いのだと思います。「なんで医学部に入ったの?」「なんでアメリカに来たの?」「なんでこの研究室を択んだの?」などと聞かれたときに、こじつけでも半分嘘でも論理的に説明すると納得してもらえます。まだ興味が定まっていないのでどこでもいいからとりあえず行ってみよう、という参加形態も大いに結構だと思いますが、正直に言わない方がいいです。

 他の場面でも説明能力は重要です。みな物事の理由を2-4段階くらいで論理的・簡潔に説明するのに長けており、「正しい説明」よりも「良い説明」、つまりたとえ各段階の内容が怪しかろうが非常識だろうが、それらが論理的に上手く繋がっていれば納得してもらえる、という感じがしました。

 

2-4.  その他

 事務手続き、生活面のことは丸山先生のご指示に従っていれば大丈夫なのですが、一応書いておきます。

 5月末の選考を経て推薦を頂き、とりあえずTOEFLを受験しました。多忙にかまけてしばらく準備をサボっていたため、Steveにメールしたのは8月末でした。その際、学部長推薦状、TOEFL成績表を添付しました。SteveOKをもらい、次はUPenn事務室への応募なのですが、研究実習にもかかわらず様々な予防接種と抗体検査が必要ということに気付き、急いで駒込病院のワクチン外来を受診しました。書類をそろえて国際交流室に提出し、DS-2019が届いてアメリカ大使館でVisa面接を受けたのは12/13でした。航空券はNY/DC発着の大韓航空が15万円程で安かったです。

International HouseというUpennとは独立のNPOが経営する寮に滞在しました。すぐ近くに24時間営業のコンビニがあります。寒いですが、衣料品店はたくさんあるので現地で揃えればいいと思います。衣食住、問題ありません。

 

3. 終わりに

 身をもって体験した日本とアメリカの「研究文化()」の違いは想像以上に大きく、はじめは驚きの連続でした。3カ月の実習を経て、将来留学しても右往左往して落ちこぼれることはないだろう、程度の自信を持てました。

 また、自分が研究をするにあたっての長所・短所(その多くは日本人研究者一般にも当てはまることなのですが)、及び世界のどのような相手とどう競争すべきかを以前より客観的に把握できたので、日本で研究をするにしてもこの経験を生かせるのではないかと思います。

 

最後になりましたが、この貴重な機会を提供し煩雑な事務手続きを処理してくださった丸山先生をはじめ国際交流室の皆様、私を快く引き受け、惜しみなく援助を提供してくれたSteve をはじめSiegel 研究室のみんなとPierce研究室のPavel、応援してくれた同級生・友人たち、支援してくれた家族、その他お世話になった全ての方々に厚く御礼申し上げます。本当にありがとうございました。