Clinical Clerkship海外留学体験記

M3 Male

 

201334日から2013329日まで4週間、Harvard Medical School実習病院であるMassachusetts General Hospital(MGH)Department of Anesthesia, Critical Care and Pain Medicine(麻酔科)で心臓麻酔の実習を行った。

 

#準備

ハーバードメディカルスクールへの応募は、提携大学同様、20126月頃にあった国際交流室での面接から始まった。英語面接では、今までしてきた研究の話を中心に(研究の話が最も英語でしやすい)Holmes先生、Green先生にお話しし、無事ハーバード大学への学部長推薦をいただくことができた。USMLE step1は気軽には受けないようにした。(ハーバード大学はUSMLE取得は必須条件ではない)

 

#アプライ

アプライにあたって先ずしなければならないことはTOEFLを受験し、なるべく高い点数のOfficial Score Reportを得ることで、受験から二週間後ぐらいにOnlineでハーバード大学側に送れることになっているが、applyするときに送る書類中にETSから送られるOfficial Letterを同封したければ(こちらの方が確実)、アプライの数ヶ月前には受けた方がいいかもしれない。次に重要なのが、ワクチン接種で、特に必要な抗体は、麻疹、風疹、ムンプス、TdapHBsVZVで、それぞれ日付とタイターが必要である。以上の二点以外であれば、アプライ直前でもすぐに準備することはできる。

 

ハーバード大学のExternship Programは一年を通して実施されているが、Clinical Clerkshipの期間が1, 2, 3月なのでそのうちの最大二ヶ月間を応募することができる。実習開始日の三ヶ月前までにOnlineでアプライし、二ヶ月前までに書類着、電話面接となる。Online Applicationでは一ヶ月につき、15希望まで選択することができるようになっている。ハーバードの電話面接は、native speaker並の英語能力が問われると事前に伺っていたため、主要な疾患の説明を英語で言えるように準備をし、今まで東大病院でローテートして担当だった患者さんの病歴等を揃えた。13日頃に国際電話をかけ、事務方から電話面接担当者に替わると、名前、大学名、渡米歴等を聞かれた後、東大病院でローテートした科を列挙するだけで終了した。どうも昨年度までとは大幅に変わったか、担当者によって内容が変わるのか、詳細は不明である。一月末頃に受け入れメールが届き、ここで初めて受け入れられたこと、実習病院がMGHであること、実習科が麻酔科(心臓)であることを知ることとなった。

 

なお、Harvard Medical Schoolは附属病院を併設しておらず、実習病院として、MGH, Brigham and Women's Hospital, Beth Israel Deaconess Medical Center, Children's Hospital Boston, Dana-Farber Cancer Institute等があり、この中で、MGH以外は、MGHのあるCharles/MGH駅から地下鉄で8駅のLongwood Medical AreaというHarvard Medical Schoolのキャンパスにある。各病院での雰囲気は全く違うものになるらしいので、Online Applicationのときには、どこの病院で実習したいかも考えた方がよいということになる。その中でもMGHは、全米で一位にランクされ、William Mortonによるエーテル麻酔デモンストレーションに代表される古い歴史を持ち、ノーベル賞受賞者も多数輩出している名実兼ね備えた病院である。そのネームバリューは絶大で、働いている医者はもちろん、患者側もこの病院にかかることを誇りにさえしている風があった。

 

#実習

ボストンは家賃が高いことで有名な上に、MGHが市内の中心部に位置するため、ホテルを利用すると高額になってしまう。そこで、Weekly Apartmentを探し、一ヶ月の契約とした。家具付きで広く、MGHまでdoor to door で徒歩10分であり、朝が早い麻酔科の実習には特に奏効した。赤煉瓦調の趣あるアパートが建ち並ぶビーコンヒルに他の居住者同様生活することができたのもよかった。

 

初日、担当教官が偶々出勤していなかったらしく、本当に実習できるのか非常に不安だったが、秘書さんの方には自分の名前が書かれた書類があるのを見て安心した。PCで病院のシステムや患者情報管理に関するCourseを受講し、最後にテストがあるというので、Course受講時にスクリーンショット多用してWord保存して備えたが、テスト自体は非常に簡単なもので、受講含めて30分程度で終わると、病院のシステムにログインするためのID, パスワード、手術着スクラブを渡された。この初日のときに、同じく心臓麻酔のローテーションを開始したハーバードの学生と出会った。彼はハーバードメディカルスクールの教授(マーティン先生)の御子息で、メディカルスクール最終学年であったので、自分よりはるかに経験と知識があり、また彼の案内なしでは非常に広くて迷いがちな病院内の各所に行くことはできなかった。

 

実習の基本形としては、朝6時にOperating Room(OR)へ行き、病院の手術室のシステムを見て、心臓麻酔を行っているOR45-48の中から症例を選び、カルテにざっと目を通して、選んだORへ行き、担当のResidentfollowした。V line, A lineをとってマスク換気(Airway)を行いながらInductionをし、最後に筋弛緩薬を投与して気管挿管をするまでが麻酔科にとって重要な仕事で、逆にこれを見逃すと実習の中で最も肝要な部分を逃すことになるので、朝は毎日ややResidentよりも早いくらいに病院にいることにしていた。患者さんと話す機会も今回は手術前のちょっとした間しかなかったのだが、それは医者になればいくらでもせざるを得ないことだし、V line等は他の科でも練習することはあるだろうから、今回の実習が貴重な実習となるかは、体格の大きい患者が多い中、少しでも多く気管挿管の機会を持てるかによるだろうと実習の途中から意識するようになった。

 

レジデント向けレクチャーが週に1, 2回開催されており、その内容は心臓麻酔に関係する事項であり、輸血製剤について、血液型について、各心臓奇形について、Transesophageal Echo(TEE)の手技についてなど、多岐にわたった。他に、Cath Labつまりカテーテル室にて、経カテーテル的AVR(大動脈弁置換術)の見学もした。経大腿動脈アプローチと心尖部を突き破るという何とも大胆なTransapicalつまり経心尖部アプローチがあり、両方が行われていた。毎週木曜日朝にはGrand roundsが行われており、麻酔科のスタッフが一堂に会し、講演会が開かれた。麻酔科の仕事は6時から始まり、730分までには気管挿管を終え、8時までに外科医に患者さんを手術できる状態にして引き渡さないといけない訳であるが、Grand roundsのある木曜日だけは、麻酔科のスタッフが8時から取りかかるため手術開始は10時となる。

 

さて、ORの中の話に戻すと、最初の頃は試薬や備品がどこにあるのかすら全く分からない状態でただ見ていることしかできなかったが、何日かすると、手術の流れとともに、ものの場所もだいたい分かるようになり、少しは手伝うこともできるようになっていった。そうなると徐々に顔も覚えてくれ、AttendingResidentからじゃあ挿管してみるかと声をかけてくれることも増えてきた。ただ残念なことに、心臓手術を受けるような患者は100kgを超えていることも多く、いわゆるdifficult to intubateとなることも稀ではない。そうでなくとも、ステロイド皮膚症で出血しやすかったり、大動脈解離のある患者で不用意な気管内操作による血行動態の不安定が予想されるような場合は、Attending doctorの判断で医学生には気管挿管を任せないことも多い。そんな中でも今回の実習の受け入れを決定してくれた指導教官であるハイディバス先生がAttendingのときは、できる限りのチャンスを与えてくれた。初めて喉頭展開した際は、うまく声帯を見ることができずに上級医に交代したのだが、そのときは上級医も、ハイディも挿管することができず、結局GlideScopeと呼ばれるビデオ支援下で挿管できる装置を使って気管挿管されたdifficult to intubate caseだった。またあるときは、ハイディの取り計らいで声帯が見えてから挿管できるようにと、GlideScopeで声帯をビデオで見てから、通常の方法で挿管をさせてくれた。そのときは、レジデントとしてMGHで臨床をされている長坂先生に手取り足取り支援してもらいながらであったが、なんとか気管内に挿管することができた。その後も、気管挿管のチャンスがあったときにAirwayから喉頭展開、気管挿管まで通して成功させることができた。その他、IV lineをとらせてくれたこともあったし、ガウンを着用してCentral lineをとるのを間近で何度も見る機会もあり、Central lineに関しては、これもまたハイディの配慮により、エコーでCollateral artery, Internal Jugular veinを探すところ、穿刺、静脈血の吸引、ガイドワイヤー挿入、カテーテル挿入、Pressureをモニターでチェックしながらの、スワンガンツのPulmonary Artery(PA)内への留置という一連の操作をさせてもらえた。

 

ハイディはプログラムにAcademic dayというのを用意してくれ、その日だけは、手術室ではなく、研究室を見学できるようになっていた。そこで、前述のハーバードの学生さんを通して、マーティン先生の研究室にお邪魔することができた。マーティン先生のいらっしゃるShriners Hospitalにて、Neuromuscular Junctionの機能に関する研究(つまり麻酔に関わる研究で、先生もまたMGHの麻酔科医である)を中心にディスカッションすることができた。もう一カ所、同じくMGH心臓麻酔科医である鉄門出身のIchinose先生の研究室にも伺うことができ、KCLをマウスに静注し蘇生させるという系を用いた実験を、タイミングがよかったため見学することができた。

 

手術中に麻酔科医によってほぼ必ず行われるTEEは、麻酔科レジデントの中心的な練習項目であり、画面を見て見学することがほとんどであったが、それでも最終週に術中実際の患者さんで操作することができた。また、論文も発表されていてTEEの権威であられるマークアダムス先生によるシミュレーターでの一対一のTEE実習も受けることができた。

 

#総括

実は今回のプログラムは、説明に心臓外科患者の術前、術中、術後管理と、心臓解剖について知ることと書かれており、心臓外科だと思って希望に入れたものだったのだが、結果的に心臓麻酔という、長坂先生のお言葉をお借りすれば、手術室の中の内科という、患者さんの生命線であるABCに直截相対しながら、豊富な内科学知識を活用するという、マイナー科とされながらも医学の中でかなり重要な役割を担うDepartmentで、しかも世界で最初の全身麻酔デモンストレーションが行われたMGHで(世界で最初の全身麻酔による手術としては華岡青洲の後塵を拝するということになるが...)実習を行うことができたのは、これからの自分の糧となることは必定である。数々の著名な先生にお会いすることができたし、20124月にオープンしたばかりのMGH museumにてMGHの歴史に触れることもできた。最後に、鉄門出身で麻酔科医でありながらビジネススクールでも学位を取られ、アメリカで臨床するために必要なことを具体的に教えてくださったNaganuma先生、MGHに戻られたばかりでお忙しい中夕食にまで連れてくださったYasuda先生、気管挿管をはじめ懇切丁寧に手技を教えてくださった長坂先生、fellowshipさえ取ってきてくれればいつでも研究室に迎え入れてくださるとおっしゃっていただいたマーティン先生、積極的にAirway, 気管挿管を自分にさせてくださったKoski先生、術中あるいはシミュレータでTEEの解説をしていただいたマークアダムス先生、今回の実習を受け入れてくださり、実習中の要望をお聞きくださった上に、学生が挿管するには危険ともいえる症例でもできる限りコミットできるように配慮してくださったハイディバス先生、他のMGHレジデント、フェロー、スタッフの方々、そしてハーバード応募にあたり助言をくださった丸山先生、面接で研究の話を真摯に聞いてくださったホルムズ先生、グリーン先生、研究留学のときも含めご支援いただいた大坪先生、学部長推薦をくださり、また分子病理学教室でも数年間お世話になり続けている宮園先生と分子病理学教室の方々、考えてみればこれほど多くのバックアップがあってこそ今回の実習が貴重なものとなったことに対して、心より謝意を申し上げます。

 

#追記

2013415日、ボストンで爆弾テロが発生しました。ハイディに連絡を取ると、MGHにもけが人が運び込まれ、スタッフが治療にあたっているとのことでした。傷病者の一刻も早いご回復と犠牲者のご冥福をお祈り申し上げます。

 

テキスト ボックス:  MGHの真向かいにあるビーコンヒル。赤煉瓦棟が建ち並ぶ。

テキスト ボックス:  MGH外観。

テキスト ボックス:  Dr. Koskiと、ORのそばで。

 

テキスト ボックス:  エーテルドーム。William Mortonによる全麻デモの絵。

 

テキスト ボックス:  Dr.ハイディ•バスと。奥はOR48。

 

テキスト ボックス:  術前に用意しなければならない薬剤の数々。