Johns Hopkins大学病院臨床実習体験記

M3 Male

 

このたび、M3(5年生)のClinical Clerkshipの期間を使って運良くアメリカのJohns Hopkins大学病院というところで3ヶ月の間実習をする機会に恵まれた。そこで、この期間を使って海外で実習をしたいという後輩たちの役にたつように、そして自分がアメリカでどんなことをしてどんなことを考えていたのかを記録として残すために、あちらでつけていた日記から抜粋する形でここに体験記を書きたいと思う。また、この目的のため、この体験記にはHopkinsでの実習だけでなくその前の準備段階での苦労話も含まれることをご容赦いただきたい。(注意:3ヶ月間の実習は、Johns Hopkins大学病院では、これが最後で以後は2ヶ月間の実習のみ、認められます。)

 

そもそもアメリカで臨床実習がしたいと思ったのは、去年の夏に沖縄の海軍病院で一週間実習をしたときだった。そのとき感じたのは、日米で医療全体としてのレベルがそう違うわけではないが、問診から診断をつけるまでのプロセスがよりシステマチックであるということ。また、学生を積極的に参加させてくれる雰囲気があるということ。まあ結局実習は15時くらいで終わってしまったので後は毎日実習仲間と海に繰り出してダイビングをし、真っ黒になって帰ってきていろんな人から「何しに行ってきたの?」とつっこまれたわけだが・・。とにかく、アメリカ式の教育と臨床に興味を持ったのはそのときだった。

それから、うちの大学では5年生の終わりの3ヶ月にクリニカルクラークシップという特別な期間があり、1ヶ月ずつ自分の好きな科に腰をすえて実習ができる(普段は一つの科を1−2週間でローテーションする)。東大はアメリカを中心としてイギリス、ドイツ、タイなどと提携プログラムがあり、学内選考に受かればこの期間を使って留学することができる。もちろん知り合いのツテがある人は自分で行き先を探して行けるし、ハーバードなどは莫大なお金さえ払えば誰でもいけるようだが、つても金もない俺にそんなことができるわけもなく、泣く泣く熾烈な学内選考に応募せざるを得なくなったのだ。

さて、どこの大学に応募しようか。とりあえず今のうちにアメリカの医療は見てみたい。研究留学よりは臨床留学がしたいな。とするとペンシルバニア、オハイオ、オレゴン、ミシガン、あとは脳神経外科に限られるがメイヨークリニックか。お、なんだこのジョンズホプキンスって変な名前の大学は。これ学校っていうより人の名前じゃないか。でもこれどっかで聞いたことあるぞ・・あ、そうだ、医学部の専門科目が始まる2年の秋に学部長が挨拶で言っていたんだ。ここが10年以上全米一位の病院で、うちはここと提携があるからどうのこうのみたいな。じゃあここが有名みたいだからこれを第一志望にして、あとは循環器内科志望だから循環器が強い病院を探して第二・第三志望にしようか。第一志望が優先されるなんてことはないだろうから、あんまり競争率とか考えずに行きたいところを素直に書こう。

というわけであんまり考えずに提出。

 

後日。

友人「なんか、第一志望優先らしいよ」

がーん。それならもっと競争率低いところに出しておけばよかった・・

お、国際交流室からメールだ。何だろう。

「ジョンズホプキンス、定員2名:全応募人数18人。第一志望6人。選考は今までの成績と英語での面接、日本語での面接を1:1:1で点数化して決定します」

ががーん。英語なんて帰国子女にかなう訳がないじゃないか。(英語圏にはまだ行ったことがなかった。)しかも今までの成績なんて、週3で部活があって土日は試合と大会の生活をしている俺にそんなことを期待しないでくれ・・ああ、なんてところに出してしまったんだろう。今から変えるなんて無理かなあ。周りでは誰がどこに出したとかいろいろうわさになっていて俺にもいろいろ聞いてくるけど、俺はあまりにもだめそうだったのでそんな気にもなれない。

 

まあへこんでても仕方がない。まずは英語か。英会話学校を調べてみる。時間が短いわりに高すぎて断念。医学の話なんてできないだろうし。まずは地道にラジオ英会話と、ER(Emergency Room, 救急救命室)っていうアメリカのドラマのDVDがあったので聞きながら同時に発音するシャドーイングをひたすらやってみる。速い。専門用語がわからん。けむせぶんってなんだ。そうこうしているうちに医学英語のC. Holmes先生が課外授業をやっているのを聞き、毎回参加するようになる。しかし会話がなあ・・日本で英会話を鍛えるのは本当に難しい。

 

そして学内選抜のための面接当日。

3分で自分のよいところをアピールするというのが課題だったので、前もって用意して暗記しながら待合室に向かう。待合室にいるのがほぼみんな帰国子女でめっちゃリラックスして話しているので泣きそうになる。そんな、関係ないこと話していたら覚えたこと忘れちゃうよ!お願いだから話しかけないで・・

いよいよ面接。まずは英語。3分プレゼンかと思いきや、志望理由も聞かずただいくつか簡単な質疑応答。ドイツのハノーバーに行って胸部外科の実習をする予定だったからそれについてのこととか、沖縄海軍のこととか。このくらいのことならスムーズに答えられるぞ。でも何でこれだけなのだろう、今までの成績を見て門前払いってことなのか?

やや凹みつつ日本語の面接へ。おお、そこにおはしますは**の可視化で世界的に有名な、**委員長の*先生ではございませんか。入試のときの面接も*先生だったような。そのときは正面に東大病院**長の*先生がいらっしゃったような。なんで学生の面接なのにいつもこんなに偉い人がでてくるんだろう。

「で、なんでアメリカなの?臨床だったら日本でもできるじゃない。」

おお、いきなりストレート。かわせなかったらKOだな。そのほかにもきわどい質問になんとか応戦。生意気だと思われつつも熱意を伝えようと努力する。そのうち丁々発止の言い合いみたいになったところで時間切れ。日本を落とさずにアメリカに行きたい旨を伝えるのは本当に難しい。てか、日本語の面接なんてぜんぜん準備してなかったし。

 

こりゃあ、だめだな・・

 

まあでももし万が一受かっていたらUSMLE(アメリカの医師国家試験)のステップ1を11月までに取らなければ推薦取り消しになるので、とりあえずその本を取り寄せて勉強を始める。

 

そして7月。ドイツ・ハノーバーの大学病院が移植医療で有名だというので実習をさせてもらえるよう頼んでみたら、メール>FAX>電話でやっとOKが出たので実習に行く。英語はみんな話せるがカンファ(会議)がドイツ語なので理解不能。手術は毎日入らせてもらい、グラフトのための動脈採取後の縫合をさせてもらう。

そんなこんなですごしているうちに国際交流室からメールが。なんだろう。落ちていても律儀にメールだけはくれるのかな。そういえば某ラ・サール高校は落ちた人に「いろは」っていうシンプルな手紙を送るそうな。色は匂えど散りぬるを・・つまり、あなたは散りましたよってことらしい。それはいらん・・。そんなことを思いつつあけてみる。

 

一言。

「ジョンズホプキンス大学への推薦が決定いたしました。至急国際交流室においでください。」

 

やった!でもなんで?見間違いじゃないよね?何回読んでもどうやら受かっているらしい。しかし何でだろう?本当になんでだろう。英語と今までの成績はお呼びでなかったはずだから、とするとあの丁々発止がよかったのかな。とにかく、そんなこんなで推薦が決まった。

 

これでジョンズホプキンスに行ける!やった!

 

・・・と思ったのは大きな間違いで、この後俺は大きなハードルを二度三度と越えなければいけないのだった。

 

<ハードル1 受け入れ科の決定>

 

合格のメールをもらい有頂天になっていた俺は、ひとつ重大な事実を見逃していた。

つまり、俺が合格したのは学内推薦者のための選抜で、一言で言うと「東大としてはあなたを推薦します。しかし、先方が受け入れてくれるとは限りません」ということ。まあでも大学間協定があるぐらいだから、きちゃいけませんなんてことはないだろう。とりあえずアピールポイントを書いたPS(Personal Statement)とCV(履歴書)を循環器内科に送る。この時点で9月19日。

 

待つこと1ヶ月。

 

こない。返事が来ない。

 

そろそろ返事を出してもらわないと、飛行機もとれない。どうなっているんだろう。去年の先輩は先方の国際交流室のところで書類がストップしていたとおっしゃっていた。早速問い合わせてみる。この問い合わせというのがなかなかやっかいで、東大の国際交流室のM先生と先方の国際交流室のエマさんを通して循環器内科に問い合わせなければいけない。まだ循内から返事がないとのこと。もう一週間返事がなかったら先輩が行ったことのある外科と、初期診療が学べて今の時点での勉強にはぴったりの救急に書類をもう一度出してもらうようお願いする。

 

結局返事は来ず。救急と外科に出しなおしてもらう。

 

これで返事が来なかったら本当に行けない。そう思った俺は、ホームページで外科の担当者の連絡先を探し出し、事情を説明して直接交渉を始めた。すると、外科としてはウェルカムだが正式な書類が来ていないので今は受け入れ証明を出せないとのこと。エマさん、何をしていらっしゃるんですか!というわけでエマさんと外科の担当者の連絡先を双方に送り、外科の受け入れをもらう。そして受け入れ証明書を郵送してもらおうと思っていたら、救急からも受け入れが出たとのこと。渡航前に2つとも受け入れが出るのはまれなケース。ラッキーでした。

 

<ハードル2 ビザ>

 

東大の国際交流室のM先生からのメール。

「アメリカは9・11以来入国審査を厳しくしております。過去にもビザを持たず入国審査で強制帰国させられた医学生が何人もおります。よって、国際交流室としてはビザを取得してから渡航することをお勧めします。ただ、ビザは先方の大学からの受け入れ証明がないと出してもらえず、90日以内の滞在では大使館がビザを出し渋るケースも多いので注意してください。」

 

おいおい、注意って・・そこで交渉に失敗したらビザはもらえないしその記録は残るし、大丈夫かな・・とにかくとってもとってもたくさんある必要書類を集める。受け入れ証明は一回送ってもらったが何らかの理由で届かず、二回目は自費で送ってもらう。何回もホームページにアクセスして大使館の予約をとって、先輩が「予約時刻とは関係なく朝早く行ったものから審査される」とおっしゃっていたので朝8時から溜池山王のアメリカ大使館に並んでみる。もうかなりたくさん人がきているが門が開かないので1時間くらい真冬の寒空の下で待ち、中に入るとまた待つ。順番に名前が呼ばれるのだが何番目だかわからず、しかも名前を呼んでいるアメリカ人の発音が素晴らし過ぎて誰を呼んでいるのかまったくわからない。よってここしばらく使っていないほどの集中力で耳をそばだてて聞いていなければならず、USMLE+大学のレポートで徹夜明けなのに眠れない。

 

呼ばれると指紋を取って、これまた簡単に2−3の質問に答えて終わり。午後は東大で実習か・・誰か俺を眠らせてくれ。

 

<ハードル3 USMLE(米国医師国家試験)>

 

以前から判っていたことだが、アメリカの病院で実習をする場合には必ずUSMLEのSTEP1を取得していないといけない。面接の時点では必ずしも必要ないが、渡航までにこの証明証を提示できないと推薦は取り消される。でも、推薦者決定は7月後半。そしてUSMLE受験から証明書到着までは約一ヶ月半。渡航は年明けすぐ。よって計算すると3ヶ月強の間に取らなければ行けないことになる。内容は基礎医学となっているが、実際には東大のカリキュラムでの基礎医学ではまったく太刀打ちできず、大学4年でやる臨床医学のうち基礎に関係がある部分を集めた試験といった感じ。もちろん英語だし、疾患の構成や重要度も日本とはかなり違う。

さらに、この試験は合格してしまったら受け直しができない。つまり一生に一度しか受けられない。しかももしアメリカで臨床をやるなら研修医の選抜試験の大きな比重を占める。日本人が書類審査を通るためには最低95点は必要だと言われる。これは厳しい・・

まあ、やるしかない。とりあえず目標は95点。

まずは情報を集める。なにやら「First Aid for the USMLE STEP 1」というのがよいらしい。とりあえず買って読んでみる。よくまとまっているが、どうなんだろう・・これは参考書だから問題集も必要だな。Kaplanというところが出している850問の問題集Q bookを買って解く。350問解いた時点で、6割しか解けない・・これじゃ95点どころじゃないな。合格最低点が6−7割というから、受かりもしないじゃないか。やばい。残り2ヶ月しかない。やばい!!

 

本気で勉強を始める。まずはFirst Aidを隅から隅まで全部暗記。トピックが与えられただけでその関連項目がすらすら出てくるようにする。360ページあるので一日12ページずつ、地道に覚える。同時にQ bookを解き、解説を読み、覚える。850問終わったらネット上にあるKaplanのQ bankを解く。3000問で250ドルもかかるが背に腹はかえられない。ひたすら解きつつ答えを覚え、一日100問くらいずつ進める。このころになると70−75%くらいは解けるようになり、1問1分という厳しい時間配分にもなれてくる。でも、95点は遠い・・

だいたい、5年生のこの時期は基本的に9時から17時まで実習があって、毎週レポートもあるわけで、毎週試験がある4年生より楽とはいえなかなかしんどい。一日8時間ずつUSMLEの勉強をしつつ、学校の実習もおろそかにはしたくない、部活にも出て秋の大会にも出たい。

 

神様、俺の一日を48時間にしてください。

 

・・とぼやきつつ、試験の申し込みをする。HPに行くと全部英語(当たり前か)。とりあえず必要項目に記入し、教務課に出して学部長のはんこをもらい、主催団体に提出。ここであっちに着くまでに1週間、審査に2週間、また受験票が返ってくるまでに1週間。過去の先輩はここで書類ミスがあってもう一回これをしなければならず、結局行くまでに取れなかったらしい。これは怖い。しかし、いつまでたっても受験票がこない。受験から合格証明書の発送までは6週間かかるから、渡航までに合格証明を受け取るためには11月の上旬には受けなければならないな。そうすると会場の予約もあるから受験票は10月中には受け取りたい。もし仮に今回の手続きが失敗してもう一度やり直す場合、こっちから送ってから受験票が届くまで6週間だから9月20日までには送らなければ。というわけで9月20日に間に合うように問い合わせてみると、受験票はもう発送しましたとのこと。届いてないのでまた送ってくださいというとFEDEXの郵送代を請求されたが、2週間後無事に受験票が届く。あとは会場を予約して受けるのみ。

 

試験日。60分の試験が7ブロック、休憩は一時間のみ。やるしかない。大脳はグルコースを選択的に消費するのでチョコでドーピング。菓子パンを3個、ダースを一箱、おにぎりを3つ買い込む。速効性と遅効性のコンビネーションで血糖値は一定レベル以上に維持されるはず。萱場町の試験会場へ向かう。朝日がまぶしい。試験開始前に顔写真を取られ、試験室に入る。なんか異様にパソコンを打ち込むカタカタって音がうるさい。すごく気になる。TOEFLの受験者と同じ部屋だから、彼らのライティング試験の音らしい。おいおい。

まあ仕方なく1ブロック目を始める。KaplanともFirst Aidとも違った、暗記だけでは太刀打ちできない、しかし正しい考え方の筋道が理解されていれば解ける問題。良問だ。時間めいっぱい使って解く。2,3ブロックを解き終わったところで休憩。おにぎりと菓子パンで血糖値をやや高めに保つ。隅田川の眺めがきれいだ。おっと、そんなことも言っていられない。First Aidを復習する。あ!これさっき出てきたじゃん!しかも間違えている。へこむなぁ・・まあいいや、350問のうちの1問なんてどうってことはない。あとは記憶がない。ひたすら解いては10分休み、を繰り返していたはず。最後の五分は眠くなって350問目は答えをクリックする直前に試験が終わってしまったが、まあやってきたことはすべて出し切れた気がする。外に出るともう真っ暗。11月22日のことでした。

 

結果は95点。まずまずか。よくも悪くもないといったところ。とにかく、ビザも来たし、これで渡航の準備はすべて整った。

 

<渡航>

 

渡航前に先輩がおっしゃっていた一言、「救急に行った先輩は帰国子女だったからよかったらしいけど、救急の英語は早いし他科に電話もかけなきゃいけないから、帰国じゃないとかなり厳しいみたいだよ。」というのが耳に残りつつ、渡航の準備をする。とりあえず詰めてみるも重すぎて25キロを優に超えてしまう。仕方なく大幅にシェイプアップして、シャンプーもリンスもあきらめて何とか詰め込む。次の日は朝早くから成田に向かい、旅行保険をかけてパソコンケースを買っているともう搭乗時刻。あれよあれよという間に出発。

この飛行機が揺れて揺れて、もう何でまだ飛んでいられるのか不思議なくらいよくゆれて、もうどうにでもしてくれと思いながら日本語の救急の本を一冊読む。もしこの飛行機が落ちたらこの学問にどれだけの意味があるのだろうか。なんて考えているといつの間にか寝てしまっていた。無事にNYのニューアーク空港に着き、何でこんなややこしい空港の名前にしたんだろう、横浜に横須賀空港があるようなもんじゃないかとか思いながら異様に感じ悪い店員さんにジュースとサンドイッチを売ってもらい、次のワシントンダレス空港行きの飛行機の搭乗口に着くとものすごい眠気が。まあでも出発の19時までもう1時間だし起きていようかと思うと、出発時刻の掲示板が7時半を指したり8時を指したり、周りの人がそわそわしだして係員に聞きにいったりとなにやら様子がおかしい。どうやらいつになるかわからないくらいに遅れているらしい。そんな、めちゃ眠いのに待っていられないよ・・とか思いつつ何とか起きて待っていると、いつの間にか寝てしまった。目が覚めると回りに人がいない。心なしか電気も暗い気がする。今何時くらいなのだろう。そういえば、さっきの係員もいないし、電光掲示板にも何も表示がない。まさか・・

 

・・なんてことはなくて、21時くらいに無事に出発。ワシントンに着く。あとはとっておいたホテルにタクシーで向かう。新しいホテルらしくタクシーの運転手が電話でホテルの人と話しながら運転していたりして一抹の不安を覚えたが、何とかホテルに着く。そこはダブルベッドが二つもある大きな部屋で、しばらくはいろいろ部屋のつくりを見てみたり、パソコンがつなげないか調べてみたりしていたが、そのうち疲れて寝る。明日は一緒に行く**君と二時にワシントンのユニオン駅で待ち合わせだ。

 

<救急救命部での実習>

 ボルチモアに着いてからは時差と闘いつつ救急の教科書を一冊読み、ネットの申し込みや保険料の払い込みをし、疲れたら救急室の様子をぶらぶら見たりしているうちに初日となった。初日はオリエンテーションのみ。救急は平日8時間休日12時間のシフト制で、夜間当直と午前・午後をだいたい三分の一ずつ取ってほしいとのこと。実習の内容はSubinternshipといって研修医の下についてオーダー以外の仕事をやるというもので、具体的には問診・診察をして鑑別診断と検査・治療方針を考えて研修医にプレゼン。フィードバックを受けた後にカルテに記載し、検査結果などを一緒に見ながら処置をしていく、というもの。一日平均8人くらいの患者さんを見ることができた。他にも週に二回のレクチャーと豚の足を使った縫合実習、人形を使った気管内挿管実習などがあった。以下は、診た患者と自分で行った処置の一部である。これを見ると、IVやFoley、NG tubeなどの基本的手技はほとんど毎日のようにやらせていただいていたことが分かると思う。

 

Pt1, 71 y/o Phillipino M c/o CP and SOB since this morning

HPI left chest, 4/10, intermittent, getting worse, no aggreviation or alleviation, no radiation,

PMH dilated cardiomyopathy MR CHF CRF recurrent Afib HTN PAF DM TIA

FH HT

SH NKDA Smoking + 1 year, Med:Lasix, ASA, Carvedirol, Digoxin, Citinopril,

SxH NAD

ROS HA(headache)+, palpitation, lightheaded+

O/E, VS WNL

rale+, JVD +, HJR +, anterior tibial edema -, effort for breazing +, rebound, guarding-,

 

Test

CBC w diff WNL

CXR mild pulmonary congestion+

EKG on pacer

SpO2 100% O2 nasal

Chem-7 BUN 42 Cre11.6

 

Dx aggreviation of CHF

Tx O2, fluid, Lasix

Admitted to cardiology

 

Pt2, 35y/o F c/o GSW on anterior thigh

4 places, pain R>L, 4/10, without numbness or tingling

VS Bp 124/69 HR 81 RR 14 O2 sat 100% RA

HPI ?

PMH NAD

FH NAD

SH Drugs: past Herion abuse

SxH None

Ob/gyn LMP 3wks ago

O/E, bleeding+, numbness or tingling -

 

Tx Lynerol, Surgical removal

 

Pt3 48M n/v abdo P

159/83, P46, RR 18, T96.7

Allergic to Penicillin

PMH HTN, Prostitis

tobacco+

EtOH-

 

IV placement, Endotracheal intubation, CXR, subclavian central venous line placement

 

Pt4, 55y/o M slower speech and paralysis found lying on the floor of bathroom by sister>seisure

coma, lethargy

PMH Metastatic colon cancer to brain and liver, DM

Bp 149/81

acute 8:30-E4V3M6 Dx stroke,

Dx: seizure from: lt. MCA subdural acute hematoma(subtle), or meta?

Hyperglycemia, Hypernatremia, Hypokalemia, low blood pressure (MBP 60-70), WBC high,High temparatur

Why in shock? Sepsis? dehydration?

IV fluid, insulin, antibiotics (ceftriaxone), epinephine

consult to neurosurgery, medicine,

 

 

Pt, 5 (presentation)

Ms. L. T.

81y/o F

CC chest pain, SOB,

HPI substernal, diffuse, 2 days, constant, sharp, tight, 10/10, onset while eating, worse with movement and deep breath, no radiation, no N/V/D

PMH Chronic Leukemia, chronic cough(3years), back and knee pain, night sweat, constipation, HTN 2-3 years

FH Mother:LK

SH Meds: omeprazole, felodipine, nortriptyline, levothyroxine Allergy: 2 meds Tobacco, EtOH, Drug -

SxH NAD

 

VS P112, BP141/64, RR 18, T 100.3

 

O/E

Heart RRR, no M/R/S, no loss of pulse on radial and posterior tibial artery, edema 2+

 Lung:bilateral diffuse crackle, respiratory distress

 

DD

Pneumonia

Pleuritis

exaberration of asthma

pericarditis

COPD

Rule out MI, dissection, tamponade, pneumothorax, acute esophageal perforation

 

O2, EKG, CXR, Chem-7 with CK-MB and troponin, CBC with diff,

 

Result: positive only for WBC high and CXR (infiltration and congestion espesially in left lower lobe, hilar hernia), CK-MB and troponin (-)

 

Dx: Pneumonia (lober)

 

Tx: IV fluid, antibiotics (ceftriaxone and azythromycin), Admission to Pneumo

 

Pt6, 49y/o obese M h/o 1 year of CRF c/o anemia found in routine test.

FH Mother HTN

fatigue+

O/E, edema+++

Tx blood transfusion, consult to FP

 

Pt7, 35 y/o F h/o HIV for 6ys (HAART off), schizophrenia, HCV, DM, Asthma c/o 2 wks of rash which is located on her head and neck, is 2-10mm, is ichy and painful, is getting worse, whose center is pale and peripheral zone is red and erupted. it is associated with nausea, fever, sweat.

SH, cocaine+, smoke 1.5 ppd, allergic to penicillin, EtOH everyday

O/E, parotid gland swelling and tender++

DD: pustule

Erysipelas

 

Dx: Pururigo Nodulans

Tx: topical hydrocortisone and menthol

 

Pt8, 60 y/o M h/o HTN, hernia and cataract surgery  c/o dizziness when stood late evening 3 days ago (chronic, while walking)

O/E, VS P109 BP220/121

Orthostatic HR 105>117

Dx malignant HTN

Tx Nifedipine 10mg till 180

 

Pt9, 49 yo AAF h/o PUD c/o 2.5 wks of C, A, B P and SOB. The pain started gradually, is located on her epigastric and substernal area, is constant, is sharp, is 10/10, is assoc. with N, thick and bloody vomiting for 3days, thick & yellow-greenish sputum, which she coughed up in the ER.

ROS: +chills, fever, night sweat, &cough. /s sore throat, urinary prob.

PMH: Cocaine 2wks ago. LMP last week.

 

DD gastric/duodenal ulcer, Pneumonia, UTI. r/o MI, PE, dissection, AAA, pancreatitis, appendicitis, pericarditis

W/U BMP, CBC /c diff, EKG, CXR, urinalysis with toxin

 

Pt10 56y/o AA obese F h/o DM, HTN for a few years

c/o 1-2 wks of R earache, which is inside the ear, pressure, low ringing, associated with headache, weakness, light-headed, seen by FP 3 days ago> drop (antibiotics?) didn’t help.

SH Meds for DM and HTN

FH Mother:DM

VS wnl

O/E, difference in reflexion of tympanic membrane

Swelling and tenderness anterior to R ear

DD otitis media, otitis externa

Dx otitis media

Tx Tylenol, antibiotics (Amoxicillin)

 

Pt11 50 y/o F h/o C2 fructure, C cancer, HCV, CHF, 5 times of pneumonia, c/o weeks of  neck, back, sholder  and 5 days of chest pain, which is shooting, rt substernal, intermittent, 6/10, is associated with cough, wheezing, belching, heartburn, leg pain fever, wt. loss.

FH cancer, HTN

SH smokes half ppd * 8years,

Surg; pacemaker placement, hernia

O/E, NAD

 

Pt12 21 y/o AAF h/o seizure and pancreatitis

c/o seizure ,today afternoon /w walking, lasted for 2 min, shaking, a/w dizziness, black spot, which is unusual. Seizure Hx + since 14, last time: months ago. This time is a different tipe as usually she `goes to sleep`

SH Med: tegretol(ran out weeks ago), EtOH heavy (last time: 2 days ago), smoke 1ppd 15y/o-

FH Mother: seizure

VS P103 BP171/117 RR22 Temp 100

DD Seizure, Alcohol withdrawal, Drug intoxication\

Check tegretol level, alcohol level

Dx Alcohol withdrawal

Tx Benzodiazepine

If no more seizure, discharge

 

Pt13, 56y/o F h/o found to have HBP of 180/100.

It is associated with blurred vision 3 times (3 wks, 1 wk, and toay), dizziness, headache.

FH aunt, uncle HTN

SH smoke- EtOh occa.

Postmenopausal 10 ys ago

DD Essential vs secondary HTN

DX essential HTN

 

Pt14 47yo M h/o EtOH abuse and DM fell to steps, found unconscious

No history could be taken as Pt was alert but not oriented to place and time

BS 352

Dx alcohol intoxication

Tx IV fluid

 

Pt15 50 y/o AAF h/o DM, HTN, chronic renal failure, hip/back pain

c/o 2 days of dizziness a/w lightheaded, double and blurred vision, SOB, abdominal discomfort

Med; narcotics

No more history could be taken as Pt is too week and reluctant to talk

r/o MI, PE

V/Q scan EKG CBC BMP /c cardiac enzyme

 

Pt16 78y/o AAM h/o DM >20 ys and HTN c/o 2 wks of foot pain secondary to infection and decrease of BP

The injury is located on L 2345 toes, has sharp pain, tickling when touched, odor, blood and discharge+, 10/10, swelling, aspirin helped.

Surg H: head

 

O/E, tines pedia-like (both legs)

Dx diabetic foot

Tx admission, antibiotics

 

Pt17, 31 y/o WF h/o Drug abuse (Cocain, zanax) and necrotiziong fascitit secondary to IV injection, Bipolar  presented because of MVA (Drug yesterday 11 pm,  hit parked car, LOC+, seat belt +, airbag+)

Lt. hip, Rt. Ancle, neck, Thoracic vertebral pain +

Head CT, neck and chest and leg X-p, CBC /c diff, BMP, urine and blood toxin

Normal, cocain + benzo+

Discharge, psyco consult

 

Pt18, 51y/o WF h/o Hepatitis A and C-section c/o chest and back pain since this morning after 2 days of cold. The pain began when turned over, is “spasm” and “squeezing”, is 10/10 wnen move and 8/10 at rest, is constant, gets worse by changing position and deep breath, is a/w difficulty breathing becaise of the pain,

PMH smoke less than 1 ppd for 36 years, EtOH Occa., FH of F stroke, M heart disease.

VS HBP (164/95)

DD Musculoskeletal, pneumonia, endo/pericarditis, R/O MI, PE, tamponade, dissection, stone in ureter

Test CBC diff, BMP + cardiac enzymes, chest CT, chest x-ray, BS, EKG, urine, coag.

Tx, morphine, cyclobenzaprine> hepled. 4/10, 2/10

Dx: Musculoskeletal

Discharge

 

Pt19, 89y/o WF h/o stroke, HTN, Dementia, Hypothyroid, pacemaker placement, DM, was brought by niece who noticed gradual onset since last night of difficulty walking and speaking. She says she gave one more (2) pills of glyburide as the Pt’s BS was 184 last night. Bs was 265 this morning. Pt “does not usually drink much water.”  Niece mentioned vaccination 1 wk ago and “stronger smell of bathroom after she uses”.

The Pt is alert but oriented only to person, does not remember anything incl. why she is here, denies any pain, cough, SOB, fever, troublewith vision, urination, bowel movement, N/V/D.

VS are stable and WNL except BP (140/47)

O/E, nothing was remarkable incl. cranial n., CVS, RS, Abdo, MMT, Sensory, Reflex, Babinski. Muscles are atrophic.

DD: TIA, Stroke, DKA, NKHC, electrolyte, hypoglycemia, Pneumonia, UTI, epidural/subdural/subarachnoid hemmorrhage, hypothiroid

Test: CBC with diff, BMP, blood and urine toxin, EKG, chest X-ray, Head CT, urinalysis, urine culture (Foley)

WBC 18290, Na 134, Cl 95, BUN 35, Cre 1.4, BS 237, AST 64, ALP 174, Trop 0.87 (10:00),

Urine cloudy, pro2+, blood H, NitrateH, Urobilinogen H, Lactate esterase H, WBC too many to count, epi H, Aorphas sediment H, bacteria many

EKG unable to analyse because of pacemaker, but slight ST elevation on V lead

>Dx: UTI, Dehydration, (NKHC?),

Troponin elevated>EKG and Trop again >trop-1 0.67(16:00)

Cannot r/o MI >admit.

Empirically levofloxatine 4800IU

 

Pt20, 56 y/o AAF h/o HTN presented as she fell on a wet floor of bathroom, hit her head on toilet, LOC+, vomit once per 2-3 hours which lasted for a half day. Postmenopausal. On two antihypertensives.

 

O/E, HBP of 186/89. Otherwise WNL.

DD concussion, intracranial hemorrhage,

>Head CT

Normal. Prescribe antihypertensives, discharge.

 

Pt21, Dementia + male. Cut behind R ear. 2 cm. Tetanus up to date.

debridment, anesthesia with 1% lidocaine , 2 sutures with 5-0 nyron.

Discharge

 

Pt 22, Foley catheterization

 

Pt23, 18y/o AAF h/o PCOS postpartum c/o dizziness, back pain, and abd. pain. The pain is const., suprapubic, the same, sharp, 2/10, is a/w nausea. Sexually active.

VS WNL

O/E, nothing was remarkable other than suprapubic tenderness.

DD r/o pregnancy, TOA, and torsion. Cervicitis, vaginitis, UTI, Appendicitis, ovarian cyst, fibroid, nephrolithiasis, Dysmenorrhea

Plan Pelvic exam>cervical and vagnal culture, CBC /c diff, CMP, urinalysis, U/S, if NAD, r/o preg. and CT. IV fluid.

Dx (Cervical motion tenderness+), Cervicitis.

>Azythromycin, ceftiaxone, D/C

 

Pt24, 80 y/o F h/o cholecystectomy, appendectomy, hysterectomy, thyroidectomy, sciatic herniated disc, cataract, mygraine, c/o earlier abd. pain, 2 days of CP, and SOB, dizziness, nausea since this morning. All are gone now. She had the same SOB and CP this Nov., and it was GERD.

PMH

Medication: on antibiotics for tooth abcess. Surgery planned 2 days later.

FH CAD

SH previous smoker

Allergic to ASA and Sulfa.

DD too vast

Workup CXR, CBC /c diff, CMP+Cadiac enzyme, urinalysis, EKG, BS

IV fluid

 

Pt25, 37 y/o CF h/o MRSA+ L thigh abcess, fibromyalgia, arthritis, presented with 4 days of R buttock tenderness and swelling. 8cm diameter, 5/10 pain, redness+. She tried to drain 3 days ago, and immediately after the drainage the pain was a little improved, but it relapsed. She is possibly pregnant and Allergic to Renafin.

VS WNL

A/P abcess. Blood work, urinalysis, I&D, culture of the pus

Dx Pregnant, Abcess, UTI.

>U/S for the length of pregnancy, and left pus

>12-16 wks of pregnancy. I&D again

Clindamycin and Macrobid, D/C

 

Pt26, 33 y/o Spanish M, Anterior sholder dislocation.

anesthesia with fentanyl, etomidate

pull, external rotation, adduction

 

Pt27, 39 y/o CF c/o redness and ichy all over the body. The erythema is mainly located on her face and neck, but diffusely distributed throughout the body. it is slightly elevated on the face and neck.

No respiratory distress, SOB.

Tx, IV fluid, promethazine, polasetron,

got better

Observe 4-6 hours, diphenhydramine, benadryl, fenitidine, prescribe predonizolone, benadryl, zantac, D/C

 

Pt28, 35 y/o F h/o MR fell from wheel chair, hit back head

c/o headache and chest pain tachycardic,

EKG, Blood work, IV fluid, CXR, Head CT (poor study due to motion

D/C

 

Pt29, 59y/o F fell on L elbow, swollen, axis slightly deviated. proximal humeral shaft fracture. fixation with sling, hydrocodeine, acetoaminophen.

f/u by ortho.

 

Pt30, 35y/o CM c/o headache, back pain, rt. hip pain s/c fall from 6 feet (scuffold), LOC+

tenderness+, laceration on back head>suture

Persue the cause of LOC>Head CT & pelvic XR, CXR, EKG, CBC /c diff, CMP, morphine or oxycodeine, muscle relaxant

 

Pt31, 24y/o CF h/o cholecystoectomy and recent 2-3 days of cold c/o 1 day of CP, substernal, 10/10, intermittent, last for 2-60 min., sharp, stabbing, get worse with deep breath, a/w N/V, palpitation, blurred vision, (collapsed), Abdo. pain (gets worse /c ingestion), cough.

PMH

SH half ppd 5 years

FH DM, heart diseae (age unknown), HTN,

Allergic to dust

NKDA

VS WNL

O/E, Wheezing over L middle back

Abdo: Diffuse tenderness+, mainly LUQ

 

DD pleuritis, endo/pericarditis, URI, bronchitis, pneumonia, GERD, PUD,

Plan EKG, IV fluid, CXR, CBC /c diff + cardiac, CMP

Result

CKMB, myoglobin, WBC, Hb, CK were elevated.

Admission to EICU

 

Pt32, 23 y/o AAF G4P1A3 c/o 2 days of RLQ pain, well located at 3cm upper McBurney, const and fluctuating, 4/10, a/w V and dizziness 2 days ago, now they're gone. She took motrine but it didn't help. Denies any SOB, cough, CP, Vaginal discharge, prob /c urination and bowel movement. LMP Jan, 9th, ''could be pregnant"

O/E NAD except tenderness

A/P

DD STD, Appendicitis, Ectopic vs intrauterine preg., UTI,  IBD, nephrolithiasis, TOA, gasteroenteritis, lymphoadenitis,

CBC /c diff, U/A, CMP, pelvic exam

 

Dx STD

Tx ceftriaxone

 

Pt33, 36 y/o AAM h/o asthma and Bell's palsy c/o 2 days of ear pain and numbness on the L side of his face. The earache is inside his ear, without dizziness, vertigo, hearing loss, helped a little by Tylenol. He cannot close his L eye, droops, can't taste on the left side of his tongue, but can bite normally.

VS WNL

O/E, crest on his forehead has disappeared on the left side, can't blink, can't smile, lt. cheek is drooped. naso-lip crest disappeared. motor, sensory, reflex intact

 

Dx Bell's palsy

Tx Predonizolone

 

Pt34, 33 y/o AAM c/o headache, neck pain, face pain, CP, back pain and 2-3 min. of LOC+ after T-bone traffic accident at 30 mph associated with different perception for 15 min ("everything looked strange")

VS BP 150/83

O/E, tenderness on the zones above. pelvic stable.

SH half ppd over 30 ys.

Head CT, neck X ray, chest, abdo, and pelvic Xray,

Result normal

Tx IV fluid narcotics

 

Pt35, 47 y/o F h/o Asthma and 20 yrs of HTN c/o SOB and V this morning. Thinks of an exacerbation of asthma. She reports 1.5 month of cold (cough, green sputum, N/V/D, joint pain, runny nose, sore throat, CP (5/10, stabbing, get worse /c deep breath, no radiation)  until now.

SH EtOH, Smoke Occ.

NKDA

FH Mother:Asthma, Father HTN

VS BP 207/92

R/O PE, MI

EKG, CXR, CBC/c diff, BMP+cardiac,

Tx 100% O2, Observe for 6hs.

 

Pt36, 67 y/o CF c/o left sholder pain s/c fall on stairs on 1/20. pain gets worse /c inspiration.

CXR-5th rib fracture

no fixation, training of breath

 

ここでアメリカに来てから20日。救急での実習期間の半分が過ぎた。気づいたことを少々。

英語は2週間で急激に聞けるように、話せるようになるが、それ以上はなかなか伸びない。1対1の会話や問診・診察には苦労しないが、アメリカ人同士のスラングを交えた会話にはまだ入っていけない。

アメリカは階層による職業と地域の住み分けがはっきりしている。医療従事者には白人が、カフェテリアやマーケットの店員には黒人が多い。そしてJHHの救急患者は圧倒的に黒人が多く、ベイビューは白人が7割という感じ。 安全な地域には白人が多く、治安が悪い地区には黒人が多い。

GSW、stabが多い。一日平均2−3件はある。週末に特に多い。そんな患者を救う技術を持つ医者にあこがれて救急を志望したが、現場を見るとむしろ問題はもっと深いところにあるのではないかと思えてくる。このような犯罪を生み出すような治安の悪さ、麻薬売買や犯罪を生業とせざるをえない圧倒的な所得格差、そんな根本的な構造の歪みを直さなければ、また同じ悲劇が起こる。個々の患者を救う技術はもちろんすばらしく圧倒されるが、救っても救っても患者が運ばれてくる現場に、なにかやりきれなさを感じたりもした。

 

大腿を貫通するGSWの患者。二発目も大腿に受けている。出血のため血圧がどんどん下がり、72/32まで低下。IV二本とって急速輸液。アテンディングがSqueeze the bag!と叫んだ。輸液バッグを握って輸液速度を早くしろという意味らしい。そうか、こういうときにはこんなことまでするのだ。止血して難を逃れた。

 

Pt37, 53 y/o M h/o EtOH abuse, shronic lumber pain, PUD /c GI Bleeding, pancreatitis, s/p H. pylori Rx,c/o 3 days of AP which is sharp and burning, epigastric, 10/10, gets worse with food, continuous and SSCP which is dull,  intermittent for 1 week, /s radiation. Associated with sore throat, dry cough, sweat, SOB*2 days, fever, wt. loss(10 lb a week), appetite loss, HA* 2 days, vomiting * 3-4 times /day, (coffee ground), constipation

PMH

Meds Acetoaminophen, Vitamons

FH Mother died of TB

VS WNL

O/E, diffuse tenderness and guarding on abdomen+,

DD PUD GERD Gastritis, duodenitis, pancreatits +  URI, bronchitis, R/O MI, Pneumonia, pericarditis

Workup

CBC /c diff, BMP (cardiac enzyme, Amylase, Lypase), EKG, CXR>emphysema, AXR>L3-L4 intervertebral disc herniation, gas retention( haustra), rectal exam,

Dx PUD (<alcoholism)

Tx famotidine

 

Pt38, 31 y/o M h/o glaucoma, migrane, L4-L5 slip, chronic back pain for 9ys, c/o neck and back pain and unable to sleep. He is treated with oxycodone and cyclobenzaprine but ran out of them 4 month ago. the pain is sharp, located on C, Th and L spine, gets worse /c sitting down.Allergic to tylenol.

Tx Pain med, consult Ortho

 

Pt39, 47 y/o M h/o repetitive and frequent hospital visit with the same CC. c/o both leg swelling for 2-3 wks. Leg edema++, pulse+, Pt is reluctant to be examined> observe. Pt states he got better, D/C

 

Pt40, 45y/o AAF h/o DM and cholecystectomy c/o 5 days of Upper AP and vomitting blood once. The pain is mainly located on her RUQ, dull, constant, and the vomitus was like "coffee ground". A/w chills, fever, loss of appetite, wt loss, dizziness.

PMH, smokes 1/2 ppd for 25ys.

Dx PUD

Tx morphine, IV fluid, famotidine

 

Pt41, 25y/o CM h/o asthma, cholecystectomy, IBS & mental retardation c/o SOB, sore throat, CP, coughing up bloody sputum, vomiting up blood. The CP is SS, is sharp, 10/10, gets worse /c walking and cough, no rad. He vomited 4-5 times a day and coughed up blood 5-6 times a day.

PMH EtOH heavy since 5y/o, Smoke half ppd since 16y/o, Med Albuterol, Sexually active

ROS revealed burning pain and increased frequency with urination

VS are wnl, O/E, NAD.

DD URI, bronchitis, PUD, gastritis, excerbation of asthma, UTI, STD

W/U digital exam, CBC /c diff, BMP, CXR, AXR, U/A, EKG

 

Pt42, 94y/o F h/o HTN, heart problem>pacemaker placement, Asthma, Menier's, Diverticulosis, presented with c/o SOB and unable to speak since 2:00 am.

(DD excerbation of asthma, AHF, AMS?)

Pt unable to talk. Her son states that she started SOB at 2:00 am, associated with difficulty speaking, difficulty swallowing, but no AMS, no walk disturbances, just a little weakness.

(stroke?)

PMH Med: nitro patch, flonase, lotrel, (amlodipine+benazepril) unchanged for 6 months.

VS are remarkable for HTN 214/110, otherwise normal. 96% RA.

O/E, tongue and neck were swollen. Face and lips are slightly swollen according to her son. Tongue is occupying the whole mouse. CN are all intact.

(food allergy?)

She ate grape, coffee, at 7:00 pm. On the previous day she ate what she usually eats and drinks.

W/U CBC /c diff, Head CT, CXR, EKG, CMP /c toxin, cardiac, hepatic, thyroid, U/A /c toxin

WNL

Dx angioedema caused by ACE inhibitor

Tx H1, H2 blocker, predonizolone, D/C

 

too many homeless patients..

 

平日の夜のシフトは初めてだった。

ナースが書いてくれたカルテを見ると、「両足がむくむ」。

なんだろう、両足ってことは鑑別は心不全、肝不全、腎不全、あとは頻度が下がるけど静脈やリンパ管の閉塞や炎症も鑑別に入れなければいけないな。だとしたら癌も除外しないと・・膵癌の遊走性静脈炎は見逃すと致命的だ。聞かなければいけないこと、診察しなければいけないところが多すぎるな。もう少し話を聞いて鑑別を絞れないものか。

部屋に入ると吐き気がするような体臭。

とりあえず話を聞くが、ほかには何も症状がない。しかも、胸やおなかを診察させてくれない。この人はいったい何をしてほしいんだろう。

とりあえず仕方ないから部屋を出る。ナースが一言、

"Don't be too serious."

え、どゆこと?

 "He comes here three times a week."

つまり、彼はいわゆるホームレスで、寒くなると足がむくむといってはここにきて、しばらくすると何もしていないのに具合がよくなったといって帰っていくらしい。

ううむ。

次に見た患者は24歳の男性。カルテを見ると、MR (mental retardation、知能発達遅滞)の文字が。ただでさえ英語なのに、その上MRかあ・・ちゃんと問診とれるかな。。主訴は胸痛、のどの痛み、呼吸困難感、咳、痰、排尿時痛、慢性便秘。これまた不定愁訴的だな。鑑別診断が多すぎて困る。問診と診察で何とか絞りこまないと。部屋に入ると症状はそっちのけで世間話ばかりずっと話してくる。一番困っている症状を聞いても的を得ない。ううん・・

 後で聞くとこの人はMRのために家庭でつまはじきにされ、耐えられなくなるとこうしてERにきては暖かいケアを受けて帰っていくそうだ。

医療の現場というのは、教科書からは学べないことがたくさんある。

 

Pt43, 42yo M construct worker,

CC laceration on head.

HPI hit by a pipe. Got diaphoretic and passed out after arrival.

PMH Allergic to PCN

Dx: Vasovagal reflex.

Tx: IV fluid, staple*8.

No orthostatic hypotension, D/Cd.

 

Pt44, 60yo CF h/o SZ c/o AMS for 1 hour. She had been D/Cd today's morning although she had a saccular aneurism on ACA. She suddenly became unresponsive while her husband was driving home. Different from her ordinary SZs in that she didn't lose consciousness this time.

PMH Meds: benzo, Gabitril, levothyroxine, tiagabine, mitrazipine, omeprazole.

FH, SH NAD

VS Tachycardic (95), otherwise WNL

O/E, GCS E4M5V2.

W/U CT unremarkable

LP NAD

Dx side effect of gabitril.

 

IV placement 2 times, Foley 4 times (F&M)

 

Foley, blood culture with butterfly needle, emergent intubation

 

Pt45, 87 yo F c/o CP since this am. h/o GERD, colorectal Ca., SZ, COPD, Alzheimer D, HONC, Arthritis. The pain is intermittent, substernal, 5/10, no R, no cough.

O/E, NAD.

W/U CBC /c diff, BMP, coag, CK-MB, Trop-I, EKG, CXR

BUN, Cre, BS were elevated.

Tx IV fluid, aspirin, results pending.

 

Pt46, HIV positive, otherwise no data.

Asystolic on arrival. CPR for 8 minutes. TOD 1:19 am.

 

Pt47, 20's M. MVH, drunk. ABC fine. L sholder & R arm injury, bleeding. On CT, clavicle fracture and subtle hemothorax was found. Admitted to trauma surgery.

 

Foley (F)

IV 3 times

 

・・・

 

このように採血やIV、Foley、経鼻胃管挿入などの基本的な手技はほぼ毎日、また動脈採血や気管内挿管などの日本ではなかなかやらせてもらえないような手技も体験することができたのは非常に有意義だったと思う。救急の実習の最後に25分間のプレゼンテーションをして実習は終わった。その後外科までの間の土日で、実習中に仲良くなったあちらの医学生にバーに連れて行ってもらっていろいろ話をすることができた。あちらの医学生は4年制大学を出てから医学部に入ることもあってさまざまなバックグラウンドを持っており、非常に面白い。その人は大学、大学院で心理学の研究をし、もっと基本的な学問がしたくなって医学部へ入ったとのこと。お兄さんは災害医学の医師らしい。Crab cake sandwich & Steemed Shrimp, Heinekenをおごってもらった。さらに外科で生きていくためのアドバイスをもらい、外科では予習がとても大事なので少なくとも前日には術式を覚えていくことに決めた。

 

<外傷外科での実習>

 

朝は5時半からチームのみんなと回診(ラウンド)。これが始まる前に学生だけでプレラウンドというのがあり、バイタルとI&O(水の出入り。点滴や飲み物、食べ物の中に含まれる水、排泄される水)をチェックして、夜に変わったことがなかったかを看護士さんに聞いてカルテに書く。3人で15人くらいの入院患者を分担。ラウンドの中では2年目の研修医(レジデント)がその報告をもとに今日のケアの予定を立て、1年目のレジデントはその仕事を夕方までにこなす。こんなふうに学生にある程度の責任が与えられ、ミスが許されないのがアメリカと日本の医学教育の違いだと思う。これは教える側からみると足りない人材を補強する意味もあるらしいが、自分の収集したデータが治療方針を変え、自分がカルテに書き込んだ内容がそのまま残ってみんなに読まれるという責任感はいままでになかったことであり、非常にやる気になった。7時ころには回診が終わり、3年目以上の研修医(外科の研修医は5年で、3年目くらいからはシニアレジデントと呼ばれる)ともっと上のアテンディングと呼ばれる指導医を交えてカンファが行われる。ここでは1,2年目のレジデントと医学生が立てた治療方針の確認と周知、シニアレジデントが受け持っているコンサルテーション(他科に入院している患者に外科的な問題が起こったときに外科に相談をすること。外科からは一人医者が診に行ってアドバイスを書く。)の状況の確認、今日の手術予定と誰がアシスタントをするか、などが話し合われる。これが終わると8時か9時くらいから手術。ホプキンスの外傷外科は一般外科も扱っており、文字通りどんな手術でもする。多かったのはLap Chole, Lap Appy, Ventral/inguinal hernia repair, Anal/rectal disease (Hemorrhoid, condyloma, Crycothyroidectomy&tracheal tube placement, SBO(小腸閉塞)に対する剥離術など。手術はやりたければ一日1−3件くらい手洗いさせてもらえて、だいたいは第二助手だが人手が足りないとアテンディングと二人だけで手術ということもある。俺自身はそのようなケースが5回くらいあり、切る作業以外はほとんどすべてやらせてもらえたので、最後には閉腹をすべて任せてもらえるようになるなどかなり外科の手術手技になれることができた。もちろん外傷外科なのでこのような予定手術のほかに外傷患者が来ると24時間いつでもポケベル(Trauma Pagerと呼ばれる)が鳴り、これが鳴るとこのポケベルを持っている人は全員救急救命室に駆けつけないといけない。俺も手術中でない限りは夜中でも何時でも駆けつけるようにした。こうすることによってチームの中での信頼を得ることができ、またそこでは一番に駆けつけた人に優先権があるので、学生にできることはすべてやらせてもらうことができた。ボルチモアは治安が悪く一日平均5人くらいのGSW(Gun Shot Wound、銃創)やStab wound(刺創)の患者が運ばれてくるので、これらの患者に対処しているうちに、急性期の全身状態をいかに安定させるか、手術室に運ぶかCTを撮るかその場で処置するかの判断はどうするか、などを即時に判断する能力がつく。さらにすべての患者に駆けつけているとチームの一員として認められ、仕事を任せてくれるようになる。具体的に言うと、一週間後には創傷の洗浄と止血、局所麻酔の注射、縫合、包帯は顔や頭も含めてすべて俺の仕事になった。おかげで30例以上の縫合ができ、外傷患者の急性期ケアに関してはかなり自信を持つことができた。一ヶ月間で見た外傷症例としてはGSWとstabが一日3件以上の日常茶飯事で、あとは自動車事故が15件くらい(これも麻薬やアルコール絡みが多い)、鈍器で殴られた人が7人くらい、火事で3階から飛び降りた人が2人、火事で気管を含む全身熱傷の人が二人、電気ショックで大やけどを負った人が一人、という感じ。このほかに緊急手術ではない予定手術として手洗いしたのは大体Hernia repairが15件、Lap AppyとLap Choleがそれぞれ10件、SBOに対する癒着剥離術が7件、腸管切除術+Ostomy Placementが7件、Anal/rectal surgeryが10件、tracheostomyやChest tube placementがほぼ毎日、とさまざまな手術や手技を経験することができた。このような業務の合間に教科書(Surgical recall、一問一答形式なので非常に独学に適している)を一冊読み、外科学の理論を頭に入れるよう心がけた。

外科学というのはただ切って貼っての世界ではなく、内科学を基本とする広範な知識に基づいた術前術後の全身管理と術中の正確かつ迅速な判断があって初めて成功するものだということがわかった。それとともに外科の手技と常識とを一通り身をもって理解することができたので、目的は十分に果たすことができたと思う。

 

土曜、日曜にもどうせ行くところはワシントンくらいしかなく外に出かけない日はやることがなかったので、病棟を受け持っている先生にくっついて教えてもらうことに。すると、外科の術前・術後管理で最も重要とも言える輸液とTPN(Total parenteral nutrition)の調節の仕方を教えてもらえた。これより後はこのオーダーを書くのは自分の仕事となった。(もちろん先生のチェックは入るが。)このように、休日に病棟に行くと先生方の印象は良いし他の学生と分け合うことなく好きな手術にも入れていろいろ教えてもらえたりするので、インナーハーバーやワシントンに出かける用事がないときには極力病棟業務を手伝うようにしていた。

 

ここで印象的な症例を一件。25AAMstab wound to left chest。病院に着いたときにはA&O×3、ABC intact、VS steady & WNL. SOBがあったのでCXRを撮ると、左胸にmassive hemothorax。血圧も下がってきた。すぐチェストチューブを挿入し、肺を圧迫している血を抜く。1lくらい出血していたのでこれが血圧低下の原因だろう。しかし場所が横隔膜損傷の危険性がある場所なので、このような患者は全例手術室へ送って少なくともexploratory lapaloscopyを施行するべきであるというevidenceがある。そういう大事な論文の著者を見るとほとんど全部にここの教授の名前が連なっていたりするのがホプキンスのすごいところ。血圧もまだ低下し続け、90/50くらいになってきたので手術室へ。

 

手術室に行く途中、患者が不安そうな顔をして手を握ってほしいと言った。"Doc, am I going to die? Can I survive?"無理もない、あれだけ出血しているんだから意識も朦朧としているはず。何より左胸への刺傷でこの状態になれば、誰もが死を意識する。強く手を握り返す。と、患者が口を開けて何かを取り出した。前歯を覆っているプロテクタのようなものか。金でできている。

 

「俺が死んだら、家族に渡してくれ。」

励ますことしかできなかった。

 

Echocardiographyをすると見事なCardiac tamponade。すぐに胸骨正中切開から心外膜を切開し、心膜腔の血塊を取り除く。出血源を探すと肺動脈幹に5mmほどの小さな傷。まさか、刃がこんなところまで届いていたとは・・ほっておいたら間違いなく命はない。だが傷からは心臓の拍動とともにドビュッ、ドビュッと出血していてそのたびにあたりが一瞬で真っ赤になり、縫い閉じるにも出血源がよく見えない。しかし血を止めないと・・血圧が80を切った。しかたない、手探りだ。出血源が見えないまま針先を傷があるであろう場所に通す。麻酔科医の声が響く。血圧75。早く、早く止めなければ。二回針を通し、糸を引っ張る。場所が当たればこれで血は止まるはず。止まれ。しかし無情にも血は止まらない。相変わらず勢いよく噴き出している。血圧60。だめか?もう一回だ!針を二回通し、引っ張る。全員の目が出血源に集まる。止まれ、止まれ・・・

 

ゆっくりと血の勢いが弱くなる。

これなら傷口が見える。もう一針、もう一針・・。

ついに、血は止まった。

 

ここで先生の機嫌がよくなり、モハメド・アリの偉業について語りだす。あとは生理食塩水で洗ってから心膜を縫合し、胸骨をワイヤでくっつけてから閉創。ここでもう夜中の4時でした。

 

後日。

 

外来。アメリカでは初診は基本的に救急に行くので、外科の外来は基本的に手術前・手術後の患者が来る。いつものように来院の理由を聞き、問診・診察をして今の問題点のまとめと今後の治療方針を含めて先生にプレゼン。先生はそれを聞いてから一緒に患者を見に行っていくつか質問をし、今後の予定などを話して終わり。基本的に学生が問診で聞いてきた情報や身体診察で得た所見はそのまま信用され、先生が確認するのは本当に重要な2,3点だけなので、間違いは許されない。

 

と、そこに前にmediastinectomyをした患者。元気そうで何より。声をかけて例の金歯を渡し、少し雑談すると、実は結婚していて妻が妊娠中とのこと。患者の親も一緒に来ていて涙を浮かべながら話を聴いている。そうか、当たり前なことだけど、この人には家族がいて生活があって、この先にもまだまだ人生が続いていって、幸せな家庭を築いていく。あのときの一瞬の判断でそれは180度違ったものになりえたのだ。医者という仕事の、重みを少し知った。

 

最終日、3月10日の金曜日は静かな日だった。21時頃ページャーが鳴ったが、もう実習期間も終わったことだし今日はゆっくりしようと思って救急室には行かなかった。この一ヶ月で初めて夜何も気にしないで眠れる。・・はずだった。

 

23時。もう一度ページャーが鳴った。ううん、どうしよう。もう戦列は離れたはずだし・・でも、そういえばお世話になったエフロン先生に朝のミーティングで会えなかったからきちんと挨拶していないな。どうせ刺し傷だから洗って縫って終わりだろうし、行ってついでに挨拶してきちんと終わらせよう。

 

というわけで一応救急へ。患者は中年の女性。上左腹部に刺し傷を負っている。全身状態は安定しているが、お腹が全体的に痛いという。押してみるととても痛がる。移動させようとしても痛がる。押したときより離したときのほうが痛がる。

これ、典型的な腹膜刺激症状で、腹腔内に出血している証拠。緊急開腹手術のため手術室へ。ああ、俺はただ挨拶をしにきただけなのに・・あれよあれよという間に腹が開き、刺し傷の近くにある脾臓のみならず小腸・大腸から横隔膜にいたるまで損傷されうる臓器すべてを綿密に直接見て調べる。と、下行結腸に出血。これが原因か。とりあえず縫合、止血。しかしまだ油断はできない。さらに調べると、横隔膜に小さな傷。これくらいなら気胸にもならなそうだし、注意して見つけないと見つからない。先生の経験した症例で、刺し傷がもとで横隔膜を損傷し、気づかれずに20年後に気胸によるSOBで来院した患者がいたそうだ。とりあえず縫い閉じて一件落着。閉腹していると、手術室の端のテーブルに置いてあるみんなのページャーがいっせいに鳴り出す。まさか。看護士が読み上げる。若年女性、腹に3発stab。手には皮がずるっと剥けたような傷がある。また手術だな。今日は長い夜になりそうだ。手術室で待ちうけ、開腹。出血源を特定し、止血。手を縫っているレジデントが質問。どうやってこんな傷ができたんでしょう。先生がジェスチャーで教える。刺さったナイフを素手で抜こうとして負った傷らしい。痛い・・そうこうしているうちにまた全員のページャーが鳴る。またtraumaか・・。研修医が一人向かい、救急室から報告。頭を殴られて血が止まらないとのこと。手術は必要なさそうらしい。

というわけで手術続行。

こんな調子でこの日は結局5人の外傷患者が来て、手術が全部終わったのが翌朝の5時。それからいつもの

ように朝の回診をして、カンファに出て、最後に全員で写真を撮ってお別れしたのでした。

 

<循環器内科での実習>

この外科の忙しい毎日の中で、3月13日の月曜日から本来の志望であった循環器内科で実習ができないかコンタクトしてみた。まずは教務課のエマさんに聞いて循環器内科の学生実習担当の人を探す。メールを出すも返事がない。もう一度メールしてみると、「私はもう引退していて実習担当ではないのです。後任の先生の名前を教えます。」ということだったのでこの後任の先生にメールを出すも返事がこない。どうしよう。そうこうしているうちに、たまたま外来棟に行ったときに胸に同じ名前の名札をしている先生を発見。しかも循環器内科と書いてある。まさか・・だめもとで聞いてみると、まさにその先生が今の学生担当の先生だった。急いでいらっしゃったようなのでこちらも手短にそして熱く事情を説明し、実習に行ってもよいか聞くと、循環器内科としてはOKだから教務課から正式な書類を送ってほしいとのこと。喜び勇んで教務課のエマさんのところに行って事情を説明する。すると、自分の間違いを指摘されたと感じたのか機嫌が悪い。曰く、「さらに保険料を払って、あとは東大の教務課からの許可メールがないとだめです。」と。しかたないので東大の教務課に国際電話をかけ、英語の文例を作ってエマさん宛てにメールしてもらう。このとき念のために同じ文面を自分にもメールしてもらったのが効を奏した。というのは、確かにエマさんに届いているはずなのにエマさんはそんなメールはまだ受け取っていないと言い張って譲らなかったので、最後はこの自分宛てのメールを印刷して納得してもらったのだ。そして保険料と寮を延長して一件落着、無事に3月13日から循環器内科で実習をはじめることができた。このように、一見簡単に済みそうな手続きも意外に面倒で時間がかかったりするということも今回学べたことの一つである。

 

 ホプキンスの内科はInternal Medicine以上には細分化されていない。つまり、循環器の患者も腎臓の患者も、内科の患者はすべて内科病棟に入院し内科の医師のケアを受ける。では循環器内科の専門医は何をするのかというと、CCU(Coronary Care Unit)で働いたり循環器内科コンサルテーション・チームに配属されて他科からの往診依頼をうけたりする。このうち僕が配属されたのは循環器内科コンサルテーション・チームのほうで、他の科で治療を受けている患者に何か循環器内科的なトラブルが発生し、専門医の助言が必要となったときに呼ばれるチームである。具体的に何をしているかというと、まず依頼を受けると学生がH&P(History taking & Physical examination)をして現在の問題点と考えられる原因、今後の治療方針を含めてレジデントにプレゼンする。これをレジデントが修正し、上級医であるアテンディングに伝え、最終的にチームとしての助言を依頼した医師に伝える。そしてその後どうなったかを後日フォローアップしていく。

 ここにいる間には大体一日平均3−4人くらいの診察をすることができた。またチームの先生がプレゼンの仕方やたくさんの情報をどのように統合して判断をしていくかについて的確なフィードバックをしてくださったので、循環器内科的疾患全般のマネジメントについてはかなりの実地的知識がついたのではないかと思う。もちろん実際に出会わなかった疾患については教科書(Blueprint Cardiology)を読むことで補強した。さらに時間があるときにはエコーや電気生理学的検査、カテーテルなどを自由に見学することができたことも非常にためになった。

 またこの循環器内科の実習ではOxfordからきた医学生と一緒に働いていたので、あちらの医学教育・医療事情や文化のちがい、英語について、などさまざまなことを話し合い、理解することができたことも大きな収穫だった。Englandでも医学部は6年だが途中で必ず研究の期間があり論文を一本仕上げなければいけないこと、医者は研究に対しても給料が出るため収入・QOLともに非常に恵まれておりかつ国民の尊敬を集めていることなどから始まって、はては彼がインド系二世であったこともあってシーク教についてやポンジョビ語なるもの、また英国ではやっている数々のジョークまで教えてもらった。夜はIrish Barに飲みに行ったり、pool(日本でいうビリヤード)を教えてもらったりとずいぶん仲良くなることができた。このように、日本を外から見て他国の常識と比較することでその特殊性と良いところや悪いところが見えてくるという経験は初めてだったので、大変参考になった。

 

<USMLE STEP2 CS>

 

 これは、United States Medical License Examination Step2 Clinical Skillsの略で、つまりは米国医師免許をとるために必要なUSMLEという試験のうちStep2の、実技部門ということ。Step2にはこの実技部門と知識部門(CK, Clinical Knowledge)があり、両方受かるとアメリカで研修医になる資格がもらえる。しかし実際にはCKのほうは日本の国家試験の勉強を英語でやれば十分に受かるものなので、日本人にとっての最大の関門はこのCSだと思う。試験の内容は12人の模擬患者をつぎつぎに問診・診察し、その印象を話してカウンセリングを行い、カルテに記載し、可能性の高い鑑別診断と診断の確定に必要な検査をそれぞれ5つずつ挙げるというもの。難しいのは一人あたり15分で診察し、10分でカルテを書かなければいけないことと、一人につき一つ必ずChallenging Questionなるものがあってそれに的確に対処しないと時間がなくなったり大幅な減点をくらったりしてしまうことである。このChallenging Questionというのがやっかいで、例をあげると部屋に入るなり頭を抱えて痛がり出して痛み止めが欲しいといって聞かなかったり、診断上重要だがデリケートな話題を話したがらなかったり、診察を拒んだり、外国人の先生は嫌だ、男の先生は嫌だと言って別の先生の診察を要求したり、「これはがんですか、私は死ぬんですか。」と聞いてきたり、今は忙しいから検査結果が出るまで待てない、帰ると言い出したり、躁状態で暴れて家族に連れてこられた患者が自分はどこも悪くないから帰ると言い出したり・・それはそれは手を変え品を変え英語の苦手な日本人には厳しい質問を連発してくる。よって今回の海外実習のもう一つの目標にはこのStep2 CS合格を据えることとした。まずは一緒に行ったN君を説得し、彼はもともと受けるつもりはなかったのだがCSを受ける気にさせて、受験日も受験会場も同じにしてもらった。そして忙しい実習の合間をぬってお互い患者役・医者役となって模擬演習を繰り返した。教材としてはFirst aid for the USMLE STEP2 CS(約35症例、基本的な症例が主)、Kaplanから出ている対策本(約35症例、Openingからカウンセリングまで事細かに載っている)、USMLE WORLD(70症例、ややまれな症例も含まれるが、独学には適している)というネット教材を使用した。前二者は二回繰り返し、USMLE Worldは最後に一回やったので、合計200症例以上を擬似体験することができた。最後はN君が不安になりだしたのでKaplanの講習会(30万円)に申し込みわざわざニュージャージーまで行って参加してみたが、初日で授業のレベルと周りの受講生のレベルがあまりにも低すぎてうんざりし、二日目の途中でキャンセルして75%返却してもらい、あとはN君とひたすら模擬演習を繰り返した。そこから受験会場であるヒューストンに飛んだ。そこで毎日使ってきたスーツのお尻が前日に破れて縫ったり白衣のボタンが取れて付けたりというアクシデントに見舞われつつ、無事に試験を受けた。試験自体はCommon Diseaseをいかに的確に診断し患者の信用を得るかという点が重視され、稀な疾患の知識はほとんど聞かれなかったように感じた。模擬患者さんが腱反射亢進・減弱や皮膚病変から肺胞呼吸音の減弱、アルコールの離脱振戦に至るまでリアルに再現していたことには驚かされた。あとは12ドルで食べ放題の本格中華で打ち上げてボルチモアに帰ってきた。そしてお世話になった先生方に挨拶をに、お土産と日本では手に入らない洋医学書を買って、よけいな荷物を送り、最後の一週間はどうせ東大の実習もフリー期間だし安いチケットが見つかったので大西洋を渡ってヨーロッパへ。以前に実習に行った移植で有名な医科大学のあるハノーバーに滞在し、観光もしつつしっかり春休みを満喫し、アメリカに戻って空港に向かうも旅行代理店のミスで航空券が取れていない。空港にはネットもプリンタもないというので何とか電話とFAXで航空券を取り、4月16日に無事に日本に帰ってきた。帰りに飛行機の中で仲良くなった、帝国ホテルで会議があるから呼ばれたという社長さんのチャーターした車に乗せてもらえることになり、快適にタダで東京へ。うわ、みんな日本人だ、みんなが日本語話している。もう後ろを歩いている人がどの人種で何語を話していてどの程度危険そうか見極めなくてもすむ。いい国だ・・。しかし桜、見たかったなぁ。

 

こうして三ヶ月のHopkinsでの実習は終わった。

最後に、丸山先生、教務課の皆様、実習期間中大変お世話になりました。おかげさまで大変有意義な3ヶ月を過ごすことができました、ありがとうございました。